家へ帰ってきた春田。
「ただいまー。かーちゃーん?」
と呼んでも、母の返事はない。
朝のケンカのことはすっかり忘れている様子。甘やかされたダメ息子の春田らしいと言えばそうだけど、家族で一緒に住んでいれば、毎日なんだかんだケンカはありますよね。あの程度の親子喧嘩、ささやかなもんだろう。まあ、会社でクレーム処理したり、部長に迫られそうになったり、色々大変だったのもあるだろうし。
母の方は、「お母さん本気よ!」と2回叫んでいた通り、有言実行したわけですね。
「ATARU君と輸入雑貨の店を始めます。母」
これが、今やOL民の護符のようになったネコメモの初登場だ。
このドラマ、小道具のセンスもいい。ひとつひとつ、この世界観とキャラクターに合っていて、「え、このキャラがそんなもの使う?」みたいな違和感がほぼない。
ドラマが終わって、キャラクターが使ったグッズが各地で完売という現象を巻き起こしたのは、ただ単にドラマ人気が凄かったということだけじゃないと思う。
小道具さんにも脱帽。
そしてATARU君って誰だったんだ。
それはさておき。
生活を支えてくれた母がいなくなったとたん発揮される春田のダメ男ぶり。
トイレットペーパーがないのに気づかず用を足しちゃう。これまでは、なくなったらすべて母が補充してくれてたのね。この後春田がどうしたのかはあまり想像したくないが、次の場面で回答が示されている。春田よ……
全自動の洗濯機で洗剤ひとつ選べない男春田。
いやそれどう見てもシャンプーやん。もー、ぜーんぶお母さんにやってもらってたんだね!
お母さん、30過ぎた息子を見て、(こらあかんわ)とつくづく思ったんでしょうね。口で言っても全然やらない。ここは自分が出ていかなきゃだめだ、と。
だから、台所はどう見ても日常的に料理をする人の仕様なのに、冷蔵庫は空っぽ。これはたまたまじゃなく、お母さんが全部持って出たんでしょう。
「自分一人で生活してみたらどれだけ大変か、やってみなさい!」
という母からの強烈なメッセージを感じました。私は。
春田はとりあえず、いきつけの居酒屋「わんだほう」へとやってくる。
幼馴染がやっているこの店は、春田にとって大事な居場所のひとつ。
わんだほうの店主荒井鉄平を演じるのはアンジャッシュ児嶋。私、何気にこの人の俳優演技が好きで、「あ、この人が出てるなら見よう」と思うくらいにはファンなんです。「フリーター、家を買う」で、市役所の職員をごく自然に演じていて、その演技力に驚いた。芸人さんて、演技の達者な人多いですよね。
ちずを演じた内田理央=だーりおも好き。「掟上今日子の備忘録」あたりから、その存在感がいいな、と思っていた。
というかね、このドラマ、キャスティングが本当に秀逸。どのキャラも「この人じゃなきゃダメ」とぴたりとハマっている。
続編が実現するなら(きっとするとほぼ確信しているけど)、誰一人変えてほしくない。
鉄平が38、春田が33、ちずが27で、歳の差が幼馴染と言うにはちょっと不思議だな?と思ったけど、世の中には色んな関係があるからなーと思い直した。子供のときって上下関係とかないから、10以上年上の人でも平気でため口きくしな。私も5歳くらいのとき、大学生のハトコのお兄ちゃんをマブダチだと思ってたわ。
鉄平と春田が仲良しで、しばらくしてちずが生まれて…とか想像してみるのも楽しい。
幼馴染が2人して「春田」と苗字で呼ぶのも、苗字があだ名みたいになってる人いるし、アリよりのアリ。
何よりこの3人、「幼馴染」という関係性がにじみ出ていて、イイ感じです。鉄平とちず、なんとなく顔似て見えるし。笑
この店も、なんとも言えない温かい空気が漂ってますよね。
家に帰ろうとする途中、牧を見つけて立ち止まる春田。
「牧?」
牧が自分に気づくと、「うぉぉぉい!」と嬉しそうに走ってきて背中を叩く。春田の人懐こさ全開。
「――エ!? 今まで配ってたの!?」
不動産チラシのマンション投函。牧はあれからずっと続けてたんですね。
チラシ配りは意外と時間がかかる作業だ。マンションによっては、戸数が一桁しかないところもあるし、次のマンションまで距離があれば、移動時間もかかる。経験があれば効率のよいルートで撒けるけど、初めてなら時間がかかってしまうのは仕方がない。
「ハイ。何とか今日中にやっておきたくて」
「マジメか!! 全部やんなくてよかったのに」
チラシってなぜか、今手元にあるのを最後の1枚までまきたくなる謎の作用がある。牧くん、分かる。分かるぞ。
「…ごめんな?」
自分が頼んだせいで、こんな遅くまで…と罪悪感を感じる春田。
「いや、オレが要領悪いんで」
大丈夫、そのうち慣れるよ、牧くん。
にしても、お互いを責めないこのやり取り、私は好き。なんというか、ビジネスパーソンとして責任感持って仕事してるなー、という感じが、何気ない会話に散りばめられているのも、このドラマのよさだと思う。
階段を上りながら会話を交わす2人。しかし長い階段だな。息も切らさない2人、すごいわ。若いって素晴らしい。
「家、この辺なんだ?」
「今はウィークリーマンションですね。本社にいるときは実家から通えたんですけど」
「そうなんだ」
「会社に近くて家賃が安いとこ探してるんですけど、これがなかなか…」
春田がふと牧の提げている袋に気づき、手に取って見てみる。
勝手に覗き込んで、
「料理するんだ」
「まあ…簡単なもんしか作んないですけど。今日は唐揚げです」
ということは、鶏のモモ肉が入ってたんだな。
この春田の動作が自然で、なんとも思わずに見ちゃうけど、他人の買い物袋勝手に覗くって、まあまあ失礼ですからね。笑 普通はまずやんないよ!
けど、牧を見つけたときの近づき方といい、他人との距離感が近い春田のキャラがよく出ている場面でもある。
「すげーじゃん!! 揚げ物すげーじゃん!!」
春田の褒め方は手放しで、まるで子供のような開けっぴろげさだ。
「お疲れ様です」
「おつかれっス」
と一度は挨拶を交わして背を向けたものの、すぐに春田が
「牧!」
と呼び止める。
ちょっと躊躇いがちに、
「よかったらさぁ、うちに住まない?」
「は?」
唐突な申し出に驚く牧。
「いや、オレ実家なんだけどさ。母ちゃん出てっちゃってさ。部屋空いてんだよ。ルームシェア、てやつ?」
「急ですね…あ、唐揚げ目当てですか?」
冗談めかして言う牧に、
「バレたぁ?」
と返すも、
「ままま、気が向いたら」
と念押しする春田。
牧凌太という人は、人との距離感においては春田と真逆で、パーソナルスペースが広そうだな、と思っていた。それが何で、春田との同居をOKしたのか?というのが、このドラマの謎のひとつでもあるし、春田と牧の関係性において重要な転換点ともなっている。
こうやってごく自然に、気がつくと隣にいる、くらいな春田の距離の詰め方が、意外と牧にとって不快じゃなかったんじゃないかな、というのが、私の解釈だ。なんかぐいぐい来られてるんだけど、押しつけがましくないというか、むしろ心地いい。なんなら自分から行かなくても向こうから来てくれるから、早く親しくなれて嬉しいかも…みたいな。
「最初から好きだったから」
という意見も目にする。それはそれでアリだと思う。けど、私はこの時点ではまだ、牧にとっても「友達」という感覚だったんじゃないかな、と思う。
この先輩、年上なのに全然年上ぶらないし、人として好きになれそう。こういう友達がいるのもアリかも…くらいだったんじゃないかと。なによりダメダメなところを最初に見てるから、(まあ一緒に住んでも好きになるとかそういうことはないだろう)とタカをくくっていたんではないかと。
「唐揚げ目当てですか?」からの「バレたぁ?」「ままま、気が向いたら」という春田の言い方も可愛い。仲がいい友達でも、「一緒に住む」となると構えてしまうものだけど、春田のこの誘い方だと、ふっと「あ、それもいいかもな」という気にさせられそう。
33歳児春田、この人たらしめ。。。
ここは、見た人100人に聞いたら100通りに意見が分かれそうなポイントだ。
そんでもしかしたら、牧くん本人に「なんであのとき同居OKしたん?」と聞いても、はっきりした答えは分からないかもしれないね。
なので、ここは「正答なし」でいいと思います。
ドラマも現実も、全部答えが決まってるとか分かってるとか、そういうものじゃない。
それがいいところでもある。
この会話、満開の桜をバックに繰り広げられる。
――この何気な~く誘ったひと言が、のちにオレの人生を大きく揺るがすことになる――
と春田のモノローグが続く。
この物語、最初から春田と牧のラブストーリーだったのだと提示されているけれど、初めて見たときには分かるはずもない。
ここからあの美しいラストを迎えるまで、この2人も我々視聴者も、波乱万丈の時間を過ごすことになるわけだが、それはまあ後の話。
春田と牧にとって、本当の意味で「出会い」となったのは、この場面ではなかったかと思います。