さて、衝撃的なキスの翌朝。
ベッドで目覚めるなり、がばっと身を起こす春田。
脳裏に昨夜のキスシーンが蘇る。
牧の身体を思わずどん!と突き放す春田。
身体が離れるとき、ちゅっとリップ音が聞こえるのがイイですね。そんだけがっつりキスなさっていたと。
思いつめたような、何か言いたそうな顔で春田を見つめた後、浴室を出ていく牧。
若干目が泳いでいたのは、我に返って(…やっちまった…)と後悔し始めているのでしょうか。
春田の方は訳が分からず、
「おい…おい、牧!」
と呼びかけるものの、どうしていいか分からず、その場におろおろと立ち尽くしている。
ここで、首がちょっと据わらない感じというか、体幹がしっかりしてない感じというか、立ち姿だけで「はるたん」を体現している田中圭の演技が見事だと思います。
そしてこの春田という男、こんな出来事があったにも関わらず、普段と同じようにベッドで朝まで寝ていたわけですね。笑 「あれ~?」と多少悩みはしたものの、そのうちぐーすか寝ちゃったんでしょう。春田らしい。
しかし朝になって、否応なくフラッシュバックが起こり、
(――昨日のアレはなんだったんだ…)
本格的に考え込むことになる。
(夢か……夢? イヤイヤイヤ、夢じゃない!)
何故なら唇にはっきりと牧の感触が残っているからだ。
恐る恐る1階へ降りていく春田。
牧は台所でまったくいつものテンションで朝食の準備をしている。
顔を出した春田に、
「あ、おはようございます」
とごく普通に挨拶をし、
「今日ちょっと本社に寄って帰り遅いんで、夕飯は冷蔵庫のカレーをあっためて食べてください」
テキパキと用件を伝える。
で、この後牧が作った朝食が画面にアップになるんだけどさ……
・トースト
・カボチャのポタージュ
・目玉焼き
・ソーセージ
・レタスとミニトマトのサラダ
・ヨーグルト(苺ソース入り)
・ぶどう
何このゴージャスな朝食。ホテル? ホテルなのここ?
もうさ、この朝食そのものが、愛以外の何物でもないじゃないですか。よっぽど好きじゃなきゃ作らないよ、こんな朝食。しかも牧くん、専業主婦でもなんでもないんですよ!
公式ブックによると、カボチャは裏ごししてあるってさ! こんなの出されたら、私でも
「え、何、この人私のこと好きなの…?」て思うわ。
これをフツーにむしゃむしゃ食ってる春田、鈍い……鈍すぎる……
こんな朝食の横で、
(え、なんなの? 昨日のはなんなの? なかったことになってんの?)
と頭を捻った挙句、
(もしかして…ドッキリ?)
などととぼけたことを抜かす春田のモノローグ。
うん、まあね、分かるよ。「夢かな?」の次は「ドッキリ?」てなるのはね。
でもねえ、あんな情熱的な告白とキスをかまされた後に、こーんな朝食作ってもらったらさ、普通気づかんか?
…と、今見てるとこのシーン、ドラマに乱入して
「春田、お前ちょっとそこ座れ」
てこんこんと説教したくなりますね。
しかしこのシーン、はるたんはポンコツなんだけど、春田を演じる田中圭の演技が素晴らしいのは言うまでもなく、第二話から見た私がこのドラマに捕まったのは、実にこの場面でした。
この百面相とモノローグがめちゃくちゃ面白くて、
「うわーこのドラマなんだ、めっちゃ面白いぞ!?」
とハートを鷲掴みにされたのだった。
ほんの数秒なんだけど、コメディであることも分かるし、この先どうなるんだろう、という期待にワクワクさせられたものです。
腑に落ちない春田が
「あのさぁ…」
と声をかけようとすると、
「じゃ、先行きます」
と牧は慌ただしく出て行ってしまう。
激情に駆られて、衝動的にあんなことをしてしまったら、牧としては、いったんこうして「何事もなかった風」を装うしかないですよね。このポーカーフェイスは牧の精一杯の武装だ。内心、めちゃめちゃ焦ってるだろうことは想像に難くないんだけど、牧は表に出さない。
…と、牧というキャラクターの性格が、視聴者に伝わっているのも、林遣都の細やかな演技のお陰だと思います。
この場面、春田の前からそそくさと逃げる牧くんの心情が窺い知れて、せつなくも可愛らしい。
後に残された春田、茫然としつつ、
――神様、こんなに消えてくれないキスの感触、初めてです――
首をかしげながら唇に手をやる。
梅干し食べたみたいなしょっぱい表情と、男前のモノローグとのギャップが面白い。
ところで、こうしてモノローグで誰かに話しかける形式のドラマ、いくつかありますよね。
「姉さん!」で始まるやつもあれば、「前略おふくろ様」というのもあった。
春田は何事か起こったときには「神様」と呼びかけるけど、「母さん」とかじゃなくてよかったよね。
――母さん、こんなに消えてくれないキスの感触、初めてです――
とやると、随分違った雰囲気のドラマになる。
「神様」なら無色透明で、見ている方はドラマの登場人物だけに集中できる。
ドラマでも小説でも、本筋と違うところで「ん?」と引っかかる何かがあると、ストーリーを楽しむ邪魔になっちゃうけど、結構それをやらかしてしまっている作品も多い。
おっさんずラブのストーリーに、視聴者が安心してついていけるのも、こういうさりげない部分に配慮が行き届いているお陰だと思います。