春田家に帰宅した牧。
台所のテーブルには、春田が牧に言われた通り買ってきた牛乳が置いてある。
が、それを冷蔵庫に入れる前に寝落ちしちゃったんだろうか。
ソファで撃沈している春田。
その姿に目をやる牧は、何か意を決したようにも見える。
突っ伏して寝ている春田の身体に、そっとかけられる毛布。
このとき、牧の姿は画面に映っていない。が、毛布をかける手つきが実に優しい。春田が冷えないよう、身体をすっぽりと覆うようにかけ、ソファとの隙間を丁寧に塞ぐ。
さりげない一瞬だけど、牧が春田に向ける深い愛情が見てとれる場面だ。
目を覚ます春田。
「…そんなところで寝たら風邪ひきますよ」
かけられた声に、
「おう……サンキュ」
返したものの、超絶鈍感ボーイ春田も、うまく話の接ぎ穂を見つけられなかったと見える。
「オレ、風呂入ってくるわ」
そう言って、そそくさと風呂へ向かう様子が、あからさまにぎこちない。
「あ、春田さん」
呼び止める牧のこの間。自然ですよね。フツーの会話の間。
「なに」
「冗談ですよ」
とたたみかけるように。
「…えっ?」
「昨日のアレ。冗談ですよ」
笑みを交えて。
一方の春田、とっさに返答できず、目を白黒させている。(昨日のアレって、アレだよな。キスのことだよな)と思い切り分かっているものの、どう受け取っていいのかまだはかりかねている様子。
「春田さん、本気だと思ってません?」
「あぁ…つか、ナニ?とは思った…」
「いや、そこは、ヲイ!てツッコんで欲しかったですよw 『ウォオイ!!』て!」
牧の台詞を呑み込むのに数秒かかる春田。
(えーと……つまり、マジで冗談てこと!? 冗談ってことでいいんだ!?)
「わ……分かりにくーー!!」
思わず大声で叫びながら、安堵で膝から崩折れる春田。
もう、心底安心したんでしょうね。「同性の友達から突然キスされる」という、これまでの人生にはまったくなかったハプニングで大混乱していたはるたんは。
「いや、それは分かりにくいわ!!」
とそこへ、牧がさらに
「あるじゃないですかホラ、男子校のノリみたいなヤツ!」
とダメ押し。
「いやいやいや、もー……マジで焦ったから!」
と、安堵からふくれモードに入るの、いかにも春田らしい。
ここ、結構ギリギリというか、難しい場面だと思うんだよね。演じ方次第で、同性同士という点がどう受け取られるか、絶妙な匙加減が求められる、難易度の高い場面じゃないかと見るたびに思う。
ここの春田のこの反応、(あー、男子にあるある。フツーの男ならこうだよなー)、と、すっと納得してしまう。
ずっと悩んでいた春田のお人よし具合とか、だけど牧の押し殺した感情までは思い至れない小5感とか、この短い時間の演技で、視聴者に過不足なく伝わる。
いつ見ても、この「ごく普通の人感」が田中圭の真髄だなあ、と感じ入る。
この場面、牧は春田を解放してあげることにしたんだな、と私は思う。
このままだと、春田が悶々と思い悩むことになる。ノンケの春田にとっては、同性からのキスなんて青天の霹靂で、多分キャパオーバーの悩みだということも、牧には分かっていただろうし。
(やっぱりノンケなんて手を出すもんじゃない)とか、これから先ギクシャクするのを避けたいとか、色々な思惑があったにせよ、結局のところ、牧の思いやりじゃないかな。
朝食とか、毛布とか、このドラマの随所に散りばめられている牧凌太というキャラクターを表すキーワードのひとつは、「母性」でもあることだし。
でも、さりげない風を装っている牧くん、内心はめっちゃドキドキしてたんじゃないかなあ。。
すっかり安心しきった春田、
「お前なあ、オレが今日一日どんな思いで過ごしてきたか分かってるのか?」
と若干キレ気味で詰め寄る。
「マジで出て行ってもらおうと思ったもん」
「スミマセン」
と笑顔で謝る牧。
でも、人を責めた後には、
「いや…でも、俺も悪いな」
と自省の言葉を付け加える春田。
「気づけなかったオレも悪い」
両方悪かった、と痛み分けにするところ、はるたんのお人よし具合全開で、そこは素晴らしい。
が。
「つか、高度過ぎんだよ!」
うーむ、私も男子校出身者でもなければ身近な知り合いにもいないので、「男子校のノリ」がどういうものなのか分からんし、ギャグだと言われても「そんなノリ分からん!」てなるのは理解できる。
春田の次の台詞、
「大体、男同士でキスとか、マジでねーから」
これなー。これも、現実世界ではごくフツーに男性が言いそうな台詞じゃないですか。
男同士=ホモ=キモチ悪い、と単純に図式化されているのがストレートの一般男性の価値観だ。今はそうでもなくなりつつあるのかもしれないし、そうあって欲しいけど、少なくとも春田のこの台詞、30過ぎたサラリーマンの台詞としては特に違和感がない。
でも、既に牧の恋心を知ってしまっている身としては、悪気のない春田の台詞、本当に心に痛い。
これを聞いたとたん、牧の笑顔が一瞬こわばる。
春田から目がそらされ、大きな黒い瞳が行き場を失ったようにさまよう。
「もうやめろよ? フリじゃねーからな」
と春田がふざけながら風呂場へ向かうのを、「分かってますよ!」と返したところまでは頑張って笑っていた牧。
春田が向こうへ行ってしまった後、思わず下を向く。
唇を結び直した顔から、笑みは消えている。
(春田さんがノンケだって最初から分かってたじゃないか)
(これでよかったんだ)
と自分に言い聞かせてでもいたのか。
台詞のないこの数秒、牧の感情が伝わって、見ている方も苦しくなる。
無邪気な春田の残酷さに傷つく牧と同化して、泣きたくなる。
表情の役者林遣都の面目躍如と言っていい、名場面だと思います。
苦しいんだけど、悲しいんだけど、何度も見てしまう大好きなシーンでもある。