春田は帰宅してリビングの電気をつける。
牧は帰っておらず、誰もいない。
朝牧に言われたように、冷蔵庫から晩ごはん用のカレーを取り出す春田。
猫メモに、「春田さん用晩ごはんカレー」と手書きの文字が。
――帰り遅いんで、夕飯は冷蔵庫のカレーあっためて食べてください――
牧の姿がフラッシュバック。
レンジの中で回るカレーを見つめる春田。
はずしたメモがその上にあって、きちんと見えるように貼ってあるのは、牧の丁寧な文字に何か感じるところがあったのだろうか。
このメモがこの先、いい仕事をすることになるわけだが、それはまだ先の話。
お皿に盛ったカレーライスをスプーンですくって、一口食べて、
「くそー……」
春田、そこで手が止まってしまう。お腹は空いてるだろうに。
「超うめぇ……」
「春田は超鈍感なクセに、すごく素直に人の気持ちが入ってくるヤツ」
とは、春田を演じた座長本人の言葉だ(公式ブックP10)。
ここできっと、このカレーを用意した牧の気持ちが、春田の中に流れ込んできたんじゃないかな。
だってこれね、日常的に料理をする人ならお分かりの通り、めっちゃ大変じゃないですか。
わざわざレンチン用に小分けしてあるということは、牧は春田一人のためにこのカレーを作ったのだと思われる。
前の晩、1人分のカレーを作って、冷まして、レンチン用の容器に入れて、ちゃんと冷蔵庫に保存。。。考えただけでめんどくさいわ。
たとえばこれが、ひき肉とナスのカレーとかなら、たくさん作って冷凍したのかも、という可能性が残る。
でもこのカレー、具がジャガイモ。ということは、冷凍出来ないんですよね。
子供舌の春田がきっと、ジャガイモカレーが好きなんだろう。
だから「わざわざ春田用に作ったんだな」という推察が成り立つわけです。
そして、メモまでつけたということは、メモなしだと春田が分からない可能性があったんだな。これは分かる。モノ探しが超絶ヘタなおとぼけ同居人と6年もルームシェアしていたから、「ああ、メモないと分かんないよな」と思える。
牧くん………… 愛だね!!!
とまあ、そんな詳しい裏話までは分からずとも、カレーに込められた牧の真心は春田にもしっかり伝わったのではないかと。
そのせっかくのカレー、一口食べて、春田はスプーンを置いてしまう。
そのまま家を飛び出していくわけですが、「矢も楯もたまらず」というやつですね。
(――なんで走ってんだ、オレ? …なんでだ…)
衝動に駆られると人はこうなる。
理性では逆のことを思っていても、身体が勝手に動いちゃうやつ。脳が本能にのっとられて自動操縦になってしまう状態。恋愛状態にある人には特によく見られる行動です。
そんな春田の脳裏には、営業所にやってきた当時の牧の姿がフラッシュバック。
探すアテもなく、闇雲に走り回ったところで、そうそう見つかるはずもなく、通りすがりのサラリーマンにぶつかって勢いよくゴミの山につっこむ春田。
それでも、牧を探す自分自身を止められない。
(牧が女だったら、あの告白は嬉しかったのだろうか)
(ただ、牧が男だから、ダメなのか…?)
走りながらぐるぐる考える春田。
そう、そこ大事。よーーーーく考えようぜ、春田。
と何を思ったのか、途中で突然立ち止まり、
「オレは!! ロリで巨乳が好きなんだよ!! しゃあぁぁぁ!!!」
夜空に向かって絶叫する春田。
「春田はきっと、一話から牧のことが好きだった」
と、これも座長の言葉だけど、私もそう思う。
なぜなら、自分を好きだと告白した牧を放っておけなくて、自分でも訳の分からない衝動に駆られて探し回っている春田の中で、「恋愛対象=女性」という不動の価値観が揺らいでいるからだ。
自問自答しながら、生まれて初めて性的アイデンティティの揺らぎを感じている春田。
このときの春田には、そうした焦りもあったに違いない……というのは、完全に私の主観による推測ですが。
ストレートの男性にとっては、それって結構な不安だと思う。
だから、大声で叫ぶしかなかったんじゃないかな。
さて、こうして駆けずり回っても、中の人たちがお話しているように相手が見つかることってほとんどないわけですが、春田は夜の公園にいる牧を見つける。
なぜならこれはドラマだから…と言ってしまうと身も蓋もないのですが、現実でもこういうことは起こり得ます。
「求めよ、さらば与えられん」
という聖書の言葉があるけれど、あれは本当だと私は思っている。
人が真実欲しいと心に願うものは、ちゃんと与えられるのです。
「運命の恋に巡りあいたい」
と願った春田。
だから、牧と出会ったのだ。