天空不動産の受付。瀬川舞香と春田が並んで座っている。
カウンター業務を交代でやる営業形態なのかな。
「こないだ、部長見かけちゃったのよ。奥さんと一緒のところ」
と舞香さん。
ここで出てくる黒澤夫妻が、本当に仲睦まじく、30年連れ添った夫婦感を醸し出している。いいご夫婦ですよね。特に寧々さんが可愛らしい。
それを聞いて安心する春田。
「そっか…ですよね。いらっしゃいますよね奥様!」
「そこそこ美人よ。ま、そこそこだけどね」
と言って笑う舞香さんの表情が何とも言えない。伊藤修子さん、ホント他に二つとない個性の持ち主ですよね。いい味出してる。
奥さんと歩いていた、という目撃情報だけでホッとして、安堵がもろ顔に出ちゃう春田。
来店したカップルも舞香さんにさっと取られちゃうけど気にしない。この辺の対応力の差が、2人の営業成績の差なんだな、きっと。
(なんだ~、やっぱりオレの勘違いかー)
うんうん、そう思いたいよね。見てる方はもう絶対そんなことないぞ、て思っちゃうけど、当事者として現実逃避したくなるのはよく分かる。
(部長にも失礼だし、自意識過剰にも程があるゾ)
コツ、とこぶしで頭を叩く春田。なんつーかめっちゃ昭和な仕草だけど、春田がやるとウザくも痛くもわざとらしくもない。
むしろ、自分へのツッコミがくそかわいいな! そういうとこだぞ!!と言いたくなるけど、こちらがツッコむ間もなく、春田の気分を一気に覚ます現実がまだまだ待ち受けているのであった。
営業日報のコメント欄に書かれた黒澤部長からのメッセージ。
「本日19時大場海浜公園にて待つ 黒澤」
「……へっ?」
どんなに理由が解せなくても、上司に呼び出しくらったら、よほどの事情がない限り行かないわけには行かない。
というわけで、日が落ちて夜になった大場海浜公園へ、春田がやってくる。
(カップルばっかだな~…)
春田、後半黒澤部長にぐいぐい押されてるときも、呼び出されれば割と簡単に引っかかってのこのこ行っちゃうんだけど、この場面ではなかなか警戒してますよね。やっぱり、こないだのターミネーター黒澤が印象に残ってたんでしょうか。
一方の武蔵は人待ち顔。
天を仰いで、何事か決意を固めている様子。
部長が手にしている薔薇の花束にビビりながらも、呼び出しに応じてやってきた部下らしく、きちんと声をかける春田。
「部長、お疲れ様です!」
「あー、悪いな。仕事、大丈夫だったか」
と、黒澤部長の方も一応「部長モード」で応じる。
「ハイ、終わらせてきました」
「週末のキャンペーン、よろしくな」
とここまでは、普通に上司と部下の会話ですよね。
春田も安心して、
「あ…ハイ、そっちの準備も順調です」
と進捗状況を報告する流れになったものの、ここで待てなくなる武蔵。
「後は、当日のオペレーションを武川さんを中心に…」
と続ける春田を遮って、
「好きです」
と告げる。
「………え?」
言われた意味が分からない春田。
人間、あまりにも意外なことを言われると、固まるというか、うまく反応出来ない。
春田が次に言うべき言葉を見つけられずにいる間に、武蔵の方は息をととのえて、
「はるたんが、好きでぇぇーす!!!」
渾身の告白をかましちゃった。
驚いたときの常套句に「言葉を失う」という表現があるけど、あれは真実だ。心の底から驚くと、言葉は舌先に乗せる先から消えていく。
分解して、何を言っていいのか完全に見失う。
「ちょ、ぶちょぶ……ぶ…」
「部長」の一言さえ言えなくなってしまう春田。
そんな部下の困惑が目に入っているのかどうか、武蔵の告白は続く。
「本当は、ずっと自分の心の中だけにしまっておくつもりだった。でも、……写真、見たよね?」
なんと答えていいか分からず視線を泳がせる春田に、
「見たでしょ!? はるたんの写真!」
と畳みかけるんだけど、この「見たでしょぉ!?」の聞き方がもう可愛い。武蔵の乙女部分が溢れてる。
そう、見られたことに気づいたんだ。ショックを受けたんだ。
その結果、今日のこの告白を決意したんだ、と、武蔵の並々ならぬ覚悟が伝わってくる。
だから春田もその迫力に押されて、つい
「ハイ…」
とうなずいてしまう。
「だからもう、自分に嘘をつくのはやめようと思ってさあ!!」
長年温めてきた春田への想いが、もうしまっておけなくなったんですね。
やっぱりあの溢れる水は、武蔵の恋心のせつない比喩だ。
溢れだした恋心は、夜景の光もハートにしちゃってる。
がばっ!と頭を下げる武蔵。
もちろんこれはもう、1人の男として、
「お願いします!!」
の意味に違いない。
若干往年の名物番組「ねるとん紅鯨団」の香りも漂うが、まあそれは置いといて。
一方で、春田からしてみればもう、なんのこっちゃ意味分からんわけだ。
そらそうだ、自分の顔待ち受けにしてて、パソコンに自分の画像フォルダがあって、夜の会社でなんだか迫ってきたかと思うと、日報のコメントで呼び出されて、うかうか来てみたらこの告白。
「なんの一礼ですか!!」
というのはもう、この場面の春田の魂の叫びだな。
困惑しすぎて、思わず涙が一粒ぽろり。
でもその涙は、黒澤部長には見えない。
「春田!」
と武蔵の独白が続く。
「ハイ…」
「俺は、結婚していて妻がいる」
「! ですよね! そうですよね!!」
とそこに活路を見出したかのようにすがろうとする春田を、
「だから、俺がちゃんとするまで待ってほしい」
という武蔵の一言が打ち砕く。
「……へっ?」
ちゃんとする? 待つって何を?
という春田の頭に渦巻く疑問には一切答えが与えられることなく、
「春田!」
「……ハイ(ゴクリ)」
「俺に!! 時間をくれ!!」
薔薇の花束をバサァ!と春田に押しつけると同時に、「チャ~ラ~ラ~ラ~♪」とBGMが盛り上げる。
一世一代の告白を成し遂げて、完全に1人で舞い上がった武蔵は、困惑しきっている春田に
「ありがとう!!」
とだけ告げて走り去っていく。
その姿はまるで月9のヒロイン。
今でこそ、ラストまでのなりゆきを知ってしまっているから、この告白についても、(色々と思い悩んだ挙句の結論だったんだろうな)と思える。
だって、結婚していて妻がいるっていうけど、ただの妻じゃないからね。今じゃあんまり会話もなくて割と冷えた関係のブサイクな妻、ではないわけですよ。30年連れ添った今でも仲睦まじい妻。しかも大塚寧々だよ。結婚記念日という夫婦の行事ごとを大切にして、家族サービスを欠かさない部長もエライけど、花束を「キレイ!」と素直に喜んでくれて、「あなたと結婚してよかったわ」とストレートに愛情表現してくれる恋女房だよ。
それを捨てて、先がどうなるか分からない春田への恋心に素直になろう!と決意したわけだ。55歳の男が。
じゃあもう、ブレーキなんてかけないよなー、と今なら思える。悔いのないように、自分の思いの丈を全部相手に伝えよう!と思った武蔵の気持ち、分かってしまうなあ。
と武蔵よりの視点で見ると、これは見事な恋の告白ですよ。
まっすぐな
「好きです」
からの、
「はるたんが、好きでぇぇーす!!」
という叫び。
吉田鋼太郎がシェイクスピアの舞台俳優という事実は置いといたとしてもだ、こんな、腹の底から相手に向かって「好きです!!」と叫べる人、どれだけいるかな、と思うよね。
どうですか? 出来ます?
55歳という年齢も、部長という立場も置いて、なんの衒いもなく、計算もなく、ただ相手を好きだという心をまるごと差し出すような、そんな告白。
私がまたいつか恋に落ちることがあったら、是非こんな告白をしたいと思う。でも、現実出来るかどうかは自信がない。
武蔵からすれば、妻を差し置いてはるたんを選んだわけだから、まず妻との関係を「ちゃんとする」、それから自分に向き合ってほしい、という理屈ですわね。
不倫の道を選ぶまいとしたわけだ。
それもエライと言えばエライ。
ところが、春田的には、「なんか急に訳わからんこと言い出した同性の上司」なだけですよね。
そんで、初回は我々視聴者も、完全に春田目線でこの告白を鑑賞していたわけだ。
だから、まるで果たし状みたいな「大場海浜公園にて待つ」という呼び出しもおかしかったし、薔薇の花束抱えて大真面目に「はるたんが、好きでぇぇーす!!」と告白する武蔵のトンチキさがツボって、愛の告白なんだけど、めっちゃ笑えるシーンになっている。
「なんの『ありがとう』!?」
「ちゃんとしなくていいから!!」
と内心で叫ぶ春田の混乱は、武蔵にはまったく伝わっていない。
もし現実にこんなことがあったら…と考えると、色々と問題をはらんでいる武蔵の告白だけど、このドラマはそこを上手に回避している。
この後春田が「わんだほう」で
「相手、おっさんだよ? 部長だよ?」
とこぼすのは、30代の男性として至極まっとうな感想だとは思う。普通のドラマだと、春田の相談相手は同僚の男性社員だったりして、
「あり得ねえ! キモ!」
とか言っちゃう展開が容易に想像できる。
ところがおっさんずラブでは、春田の相手はちず。
告白されたと聞いて第一声が
「やったじゃん!」
で、満面の笑み。
だーりお可愛いね!
「誰かに想われるってありがたいことじゃん」
「好きになるのに、男も女も関係ない!」
と、決して「同性」を理由に否定しない。
「キライなの? 部長さんのこと」
と春田に尋ね、
「え? ……上司としては尊敬してるし、部下の面倒見もいいし……好きだよね。人としてはね」
「じゃあ問題ないじゃん」
「あたし、その部長さんを応援する」
と言うちず。
このちずの価値観が、おっさんずラブというドラマ全体の世界観を表している。
好きという気持ちがあれば、男とか女とか、年上とか上司とか、そんなの関係ないじゃん、という世界。
おっさんずラブがここまで視聴者の心を引き付け、今も熱が続いているのは、この世界観に共振する人が多数いたせいだと思う。
で、この場面でちずがこう言うもんだから、武蔵にほんのちょっぴり可能性が生まれちゃったわけだ。
単なるコメディじゃなく、この先どうなる??とまったく展開が読めないラブストーリーにもなってきて、この辺でもう視聴者のハート鷲掴み。
この後も畳みかけるような怒涛の展開が続く。
この一話だけで5話分くらいな濃さがありますよね。
まるで映画。
ところで、一話の冒頭で部長が蝶子さんにプレゼントした薔薇と、春田が受け取った薔薇が、ちょっと違うんですよね。
蝶子さんの薔薇は綺麗だけど開ききっている。貰っても、あと少ししか持たないだろう。
対して、春田の薔薇はいい感じの開き具合で、水切りして部屋に飾ればもう少し楽しめそうだ。
なんでしょうね、2人の年齢を表しているのか、部長の心を表しているのか。
なーんて深読みしてみるのも楽しいです。
この後結局春田は薔薇を置いてっちゃうみたいだけどね。笑
あ、でもよく見たら包み紙一緒だわ。
妻へ贈る花束と新しく好きになった相手へ贈る花束、同じ店で買ったのか。
武蔵マジデリカシー。。