さて、屋上キャットファイトからやや時が過ぎ、空に夕暮れの気配が差し込む時刻の天空不動産営業部。
マイマイとアッキーはシュークリームを分け合ってキャッキャウフフしながらお茶を楽しんでいるが、その横でひとり苦悶の表情の春田創一。かきむしられた髪の毛はまるで風速25mの暴風に遭ったみたいに、エライことになっている。
そこへかかってくる一本の電話。
「すみません春田さん、家はもう結構です」
「…どうした?」
家選びで新妻と揉めていた後輩のカズ。声が沈んでいる。
「相手のやなところばかり目につくし……価値観が違い過ぎて、一緒に暮らすなんて無理です」
と、こちらはこちらで、新居どころか破局の危機だ。
「待て待て待て待て。オレが、ちゃんと間に入ってやるから、明日もう一軒だけ見てよ」
暴風遭遇ヘアーの春田の背後には、今月の営業部員の成績が映し出されていた。春田、ダントツのビリっけつだ。不動産購入は、話がまとまってから契約を結ぶまで時間がかかることもあるから、そこんとこ、営業としては焦ってもいいポイントだけど、このときの春田の表情、自分のノルマなんて考えてなさげですよね。
古木の家のおじいさんと同じように、ヒビが入ってしまった後輩夫婦の仲をなんとかまとめてやりたいと、その一心の様子。そこが春田のいいところだ。
明日の内見はなんとか承諾してもらえたものの、
「でも多分……もう無理だと思います」
そう言いおいて、春田の返事を待たずに電話は切られてしまう。
はぁー……とでっかいため息をつきながらデスクに撃沈する春田。
家へ帰って来たものの、門の前でふと春田の足が止まる。
まあ、アレの後だからなあ。家に帰るのも面倒くせぇ…てなるのは分かるわ。
しょっぱい顔を作ってしばし思い悩んだ挙句、踵を返した春田、気心の知れたわんだほうへと足を向ける。
ところが、今日一日のすったもんだを忘れたくて来たはずのわんだほうに、当事者中の当事者たる牧の姿を見つけて、
「なんでこっちにいんだよ……」
と春田、思わず心の中が声に出てしまう。
カウンターの牧と口もきかず、離れた場所に陣取る春田。いつもと違う2人の様子に、「なんでこんなに険悪なの…?」と戸惑うちず。
「あ、分かった! 春田が洗濯したばっかのシャツに醤油のシミつけた」
冗談めかして雰囲気を和らげようとするものの、
「ちげーし」
と春田、即答。
こないだじゃれあってたときと打って変わって、今夜の春田はちずのボケを拾わないし、ノリツッコミもしない。
困ったちず、今度は牧に
「ねえ、何があったの」
と問うも、牧も牧で、
「何もないですよ」
とうそぶく。
普段の牧なら多分、ちずの心配を汲み取って冗談で返すだろうし、もっと上手に自分の真情を隠すだろう。
でも、このときは牧もいっぱいいっぱいで、そんな余裕はなかったに違いない。
「何もない」という牧の一言に、春田が噛みつく。
「何もないってこたぁねえだろうよ。なんだよさっきの。お前、上司相手に何したか分かってんの?」
うーむ、まあこれはね、会社の先輩としては正論だ。社会人の常識としては、牧は上司と部下の関係を抜きにするべきではなかったし、無礼を承知でモノ申してもいけなかった。牧と自分が100%会社の同僚であり先輩と後輩の間柄である、と信じているこのときの春田としては、この言い分に間違いはない。
何がなんだかもー訳分かんねぇ……てなってるからこそ、舌打ちのひとつもしたくなるだろう。
「あの場で、好きだのなんだのさぁ…冗談もいい加減にしろよ!」
と、普段ノンキで穏やかな春田としては強い言い方だ。
考えてみれば、黒澤部長から告白されても、上司と部下という関係を逸脱した迫り方をされても、春田は常に折り目正しく、あくまでも「部下」という立場を崩そうとしなかった。
「いくら部長でも、それはナシっすよ」
と断ったっていい場面もあったのに、春田はそれを選ばなかった。こうして見ると、ポンコツだけど、常識人だね。春田くん。
だから、屋上での牧の言動は、春田からしたらあまりにも常識外れだったのかもしれない。
「冗談ですよ」
の牧の言葉を真に受けたまま、
(牧の冗談、マジで分かんねぇわ。ジェネレーションギャップ??)
くらいには思っていたのかも。
がしかし、春田よ、よーく考えようぜ。
牧くんは正統派エリートで、公の場では常に礼儀正しかったじゃないか。君がべろんべろんに酔い潰れた合コンだって、程度をわきまえた飲み方で、まだよく知りもしない間柄の君をタクシーに乗っけてくれたのは牧くんだし、無礼なマロの先輩風にだって立てつかず、黙って従っていたんだよ。どこまで知ってるか知らんけど。
そんな牧があそこまでブチ切れるのには、もしかすると相当な理由があるのでは…?くらいは疑ってみてもいいんじゃないかい?
それと、今さらだけど、武川主任にキスのことを「ちゅっていう感じ」とか説明してたけど、いやいや、結構がっつり濃厚なやつかまされてましたで、おまはん。
アレを「男子校のノリ」で全部納得しちゃうの、やっぱ鈍感にも程があると思うYO!
カウンターで黙然とビールを飲んでいた牧が、どん!とグラスの底をテーブルに叩きつける。
「冗談なわけないじゃないですか。っとに……物分かり悪いな」
ぼそっと、だが確実に相手に聞こえるように言うやつ、あるある。イラ~ッときてるとき、心の声を押さえかねて口にしちゃうやつだ。
そしてこういうセリフは得てして、言いながら自分自身をヒートアップさせてしまうものなんですよね。
「あぁ!?」
とこれもケンカ腰の春田の返しに、バン!!とテーブルを手で叩いて、牧が立ち上がった。
「好きなんですよ!!」
言ってしまうともう、勢いが止まらない。
「分かんないですか? オレは春田さんが本気で好きなんですよ!!」
「相手が部長だろうがなんだろうが、そんなの関係ないじゃないですか」
キレてるよね。
うん、完璧にキレてる。
これまで色々恋愛ドラマを見てきたけど、このように「キレて怒鳴る」告白、初めて見ました。
笑ってもいいところかもしれないけど、ここまで牧の気持ちの揺れ動く様子を見てきた視聴者には笑えない。
好きになってはいけないと思いつつ、どんどん惹かれていく自分を止められず、気持ちを抑えて抑えて、「冗談ですよ」と嘘の笑みでごまかして。
そんな牧の想いがついに噴きこぼれるこの場面。
春田を睨む牧の潤んだ眼がせつない。
「いやいやいや…訳分かんねえ。それ、マジで言ってんの?」
という春田に、もう「冗談ですよ」と誤魔化す余裕は、牧にはない。
「マジですよ!」
相変わらずの強い口調で言い放つ牧くん。
(もうこれで終わった)と思っていたと思う、このときの牧は。
だからこその強気のこの態度。
うう……牧……せつない……(涙)
そしてこのヤケクソの告白に、最悪の返答をしてしまうんだな、ポンコツダメ男春田は。
続きます。