映画の冒頭。
香港での春田から物語は始まる。
連続ドラマにとって、第一話が非常に重要で、それは何故なら視聴者に対する最初の挨拶だからだ、と書いたけど、映画においては冒頭10分がそれにあたるだろう。
春田は連ドラからまったく変わらない姿を見せてくれる。のっけから、市場のおばちゃんとやりとりして買った肉まんを頬張るもぐもぐはるたん。日本とまったく同じように、現地に溶け込んで、接する人に愛されてるんだろうなー、と見てとれて、心がほんわかする。
そんな春田が足を止めたのはジュエリーショップ。
「フォーエバーラブ…?」
と聞いて、通り過ぎることが出来ずに入ってしまう春田。
そりゃもう、指輪を贈る相手と言えばあの人ですよね…!
とここで、「あのラストの続きを見ているんだな」と噛みしめることが出来た。
そうか、指輪か、あの流され侍、いつどんなときも受け身だった春田が、異国の地で愛する牧に指輪を買うところまで成長したか……と早くもここでしみじみしてしまいました。
出てすぐ止まってるバイクの荷物に指輪の箱置いちゃうところでそんな感慨は吹っ飛びましたけどね!
で、ここから始まる指輪を乗せたバイクとの追っかけっこ。
これはもうね、映画のお約束ですよ。映画と言えばカーチェイスと爆破。いやそうとは決まってないんだけど笑、「派手にぶちあげようぜ!」という意気込みの映画って大体そうじゃん?
なので、
「せっかくの劇場版なので、劇場版らしく派手にいくよ!」
という制作チームからの挨拶だ、と私は受け取りました。
指輪を渡す絶好の機会(=牧が春田を訪ねてやってくる)が訪れたのに、どこの誰とも知れない若いイケメンと裸でベッドに寝ていた、という失態で台無しにしてしまう春田。
この場面、それなりにハラハラはするんだけど、それよりも
「まきまきまき~!!」
とパンツいっちょで躊躇いなく牧に飛びつく春田の距離感ね!
うわ~~~、恋人!!! キャッ♡ てなった。
公式さんからのメッセージを強く感じたのは、その次の場面だ。
満開の桜の下を歩く春田の姿。あれ、時系列は……と思う間に、連ドラの場面がバックに現れて、そうか、これは回想というか「春田創一」の紹介なんだな、と気づく。
そう、春爛漫、桜の季節にこのドラマは始まったんだったよ。
その後も続けて現れる、「おっさんずラブ」の名場面の数々。
ドラマを見ていない人には「こういうドラマが背景にあるんですよ」という丁寧な説明になっていると共に、ドラマファンに向けては、
「深夜の連ドラから始まって、皆さんの支持のおかげで、こうして劇場版として帰ってくることが出来ました。さらにパワーアップした春田たちの物語をお届けしますので、どうぞ楽しんで観てくださいね!!」
というメッセージになっている。と私は受け取りました。
もうこの辺で、ぐっと胸にせりあがるものがあって、(本当にまあ大きくなって…!!)と立派になった甥っ子を見て涙ぐむ親戚のおばちゃんのような心持になりました。笑
つーか、今日は本当にここで涙が出たよ。映画を観てハンカチで涙を拭った最速記録だったかもしれん。
劇場版おっさんずラブは、春田と牧が、それぞれに「らしい」姿を見せてくれる。
映画の春田は、冒頭の指輪購入でも分かるとおり、んもう牧が大好き!という気持ちが全開だ。
帰国して、ようやく2人での生活が再開するわけだけど、仕事が忙しい牧のために、頑張ってから揚げを作る。
これ、すごくない? だって、ドラマの最初の方では洗濯もろくに出来なかったあの春田がよ? 「唐揚げ、すげーじゃん!!」て言ってた春田がだよ?
レシピ本見て、自分で作ってみようだなんて……ものすごい進歩だわ。
これから2人で生活していくのに、家事だって協力して分担しなきゃならない。牧一人に押しつけていてはいけない、自分もちょっとでも出来ることを増やさないと、と思ったのだね。春田は春田なりに。
で、その気持ちをちゃんと牧に言うところも、ドラマ版からの成長を感じられるところだ。
「この先結婚するってなったら、もっと協力しなきゃいけないんじゃないの?」
突然現れた春田母に向かっては、牧をきちんと「つきあっている相手」として紹介しようとする。
2人で並んでいるところを誰かに見られたら…と警戒する余り、牧の手を振りほどいてしまったあの春田の姿はもうどこにもない。
牧の「伴侶」として振舞おうとする春田。
男らしいぞ…!
ところが一方で、牧の方はそんな春田の成長ぶりを手放しには喜べない。
仕事で疲れて帰ってきて、テーブルには真っ黒こげになった唐揚げ。シンクには洗い物がどっちゃり。まな板さえ片づけてない。
「………」
てげんなりしちゃうのは、こっちはこっちで分かっちゃうんだよな~。
て言うかマジで超分かる~。唐揚げなんて難易度高い料理にいきなり挑むのが、料理素人まるだしだけど、疲れてるときにこれやられると、(なんでいきなりそこ行くかな…)てイラっとするわ。当の本人は疲れたのか寝ちゃってるし。
(洗い物と油の処理はオレか…)
てなるわな。
普通のときなら、春田が自分のために料理を作ろうと思ってくれたことも、何も出来なかった春田がジャンプアップして、まがりなりにも唐揚げが出来てることも、嬉しく思う余裕があっただろうと思う。
で、このときの牧も、出来ればそう思いたかったし、そう思うべきだと分かってはいたのだろう。
でも出来なかった。
そんな自分にもイラつくし、感情の処理をしかねて、スマートに接することが出来ない牧の若さを、林遣都は繊細に演じている。
私は独身で、結婚生活を経験していないし、同棲したこともないのだけれど、かつてルームシェアしていた同性の友人が、マジではるたんタイプだった。
家事能力が非常に低く、食に関心もなく、料理はほぼ出来ない。たまにやると、段取りはものすごく悪いし、「え、それ、要る…?」ていう食材買ってくるし、ていうか買う予定のものメモして持っていって、なおかつ間違えて買ってきてたからね。
こういう人って、こっちが風邪ひくと、
「あ、じゃあ自分の晩ごはんはないんだ」
というのは納得してくれるんだけど、風邪引いて寝込んでいるこちらの食事の心配はしてくれない。
高熱出して寝込んだとき、自分の分の晩ごはんだけ買ってきてて、あの時はちょっとマジで殺意が沸いた。
…という些か特殊な経験のせいか、ここでの牧くんに異様に共感してしまうのであった。
牧はここで突然キレたわけじゃなく、春田が何度となく小さな失敗を繰り返してきたのだと思う。
だから、
「好きな人であっても、『一緒に生活していく』となると、なかなか難しい」
という事実が、骨身にしみていたんではなかろうか。
冒頭、イケメン外人成年と同衾していた春田。
「あれ、なんでもねーから!」
と言う春田に、「何とも思ってないし」と返す牧の言葉は、多分本心だと思う。半分は。
もしかすると、
(どうせ酔っ払って道端で寝てたのを拾って、親切心からベッドを貸した、とかそんなところじゃねえの)
と、かなり正確に状況を読んでいたかもしれん。
けどこれ、人としては親切だけど、もはや最愛のパートナーがいる身としては、やっちゃいかんやつだと思う。
大事な人がいるなら、その相手を最優先に考えないとね。どこのウマの骨か分からん男なぞ道端に放っておけばよろしい。
春田は牧が好きだと自覚して、周りにも公言して、積極的に2人の関係を進めようとしているけど、どうもその辺の機微には疎そうだし、自覚なく周りに親切を振りまいているような気がする。
春田のそんなところも含めて好きになったのだから、牧はきっと、我慢するだろう。本当はモヤッとしたとしても、(でもまあ、それが春田さんだし…)と思って、春田には言わないでいるだろう。
でもこういうフラストレーションて、本人が思っている以上に溜まっていくんですよね。
この場面、頑張る春田が空回りしているように見えるけど、実は牧もどっこいどっこいに空回っている。
カップルが……いや、カップルに限定した話じゃないな。どういう関係であれ、人が諍いを起こすのはもうひとえに「コミュニケーション不足」これでしょう。
相手のアクションに対し、どう思ったか、口に出して言わないと伝わらない。
「唐揚げ、黒すぎでしょ」
でもいいのだ。そこから会話が生まれれば、「でも、春田さん頑張りましたね」とふと口をついて出てくるかもしれない。
牧が何も言わないから、春田の方から
「結婚するとなったら、お互い協力しあわなきゃいけないんじゃないの?」
という言葉が出てくる。
ここは、対話しようとする春田と、春田の状況を読んで(読んだと自分の中で判断して)口を閉ざす牧とで、年齢差というか、人としてのキャリアの差が出ている場面だと思う。
フレッシュでイケメンでエリートの牧は、どんなときも冷静で、精神的に大人に見えるけれども、この場面、「人はその年齢を超えて大人にはなれない」という言葉を思い出す。
牧くんはまだ27歳。
27歳なりに幼さもあり、若くて未熟なのだ。
牧は春田に対して、まだ負い目があるのかもしれない。「こっちの道に引きずり込んだ」という。
ゲイの自覚を持って生きてきた牧は、これまで色々な目を見てきたんだと思う。
だから、春田が口にする「結婚」という言葉にも、(ホントにちゃんと分かってるのかな、この人…)と思っていたんじゃないかな。
だから、
「結婚て…本気で言ってます?」
という疑問がこぼれ落ちたのだろう。
「はぁ?」
と春田にしてみたら、実に心外なことを言われたわけだ。
今さら何を言ってるんだ、と思っただろうね。ノンケで流され侍の春田が、結婚式を蹴って、牧のところまでやってきてプロポーズしたんだから。
しかも、今日は頑張って料理して、ごはんを作って牧を待っていたのに、牧はなんだか不機嫌だし、口を開けばとげとげしい。
挙句の果てに、プロポーズにケチをつけるようなことを言われたら、
「冗談だと思ってた?」
てなるわ。
でもこの衝突って、実は起こって当然の現象なんですよね。
これまで全く別の人生を歩んできた2人が、一緒になろうとするには、やはりまだ超えるべきたくさんの障壁があるのだ。
恋を自覚して、お互いに気持ちを確かめ合って、つきあうところまではいい。その先、「家族になる」には、もっと色んなことを乗り越えていかないといけない。
特に牧。我慢強くて、周りの空気を読んで、自分が引けばいいところではすっと引いて、それでいいと思っている。その健気さが牧の魅力で、連ドラ版では「春田を想う牧」に胸を射抜かれてバタバタと沼落ちした民がたくさん生まれたけれども、春田と一緒に生きていくには、それだけではダメなんだ。
連ドラは、牧と出逢って、変わっていく春田の物語だったけど、劇場版は、牧から春田へ歩み寄っていく様子が描かれる。
きっちりと解決して、美しいラストへと続いていく。
続きます。