「もう全部忘れてください」
との牧の言葉に、即座に
「それはやだ」
と答えた春田。
牧を見つめる眼は真剣だ。
この場面、春田の首元には細かい汗がびっしり浮いている。背中が映ると、シャツに汚れのシミが出来ているのが分かる。
牧を探して必死で走り回った後だと、よく見ると分かるんですね。
そう、春田にとって、牧はもう大事な存在になっている。
去られては困ると、本能に近い部分で感じているから、春田は春田なりに、必死に牧を引き留めようとする。
腕を掴む春田の手を外して、牧が言う。
「何もかも違うのに、一緒に暮らすなんて無理です」
この台詞、牧としても、断腸の思いで口にしていると、私は思う。
多分、これまでにもうっかり春田が知らずにやらかしちゃってること、たくさんあったんじゃないかな。例えば風呂上り、無防備に半裸でうろうろしたり。しどけない姿でソファで居眠りしたり。
恋心を自覚した後の牧が、どんな思いで春田と接していたか、想像するだにせつない。
多分牧は、ものすごーく色々考えて、この結論を出したのだろう。
(好きだけど――好きだからこそ、一緒には暮らせない)
だからこのとき、春田の前から去ろうとする牧は、本気だったと思います。
そんな牧の心情を慮る余裕が、このときの春田にはない。
「でもさぁ!」
で、呼びかけられた牧くん、立ち止まっちゃうんだよね。。。そうだよなあ、この縋るような春田の声を背中に受けて、さっさと立ち去れるほど、老成してないよな。牧くん。
春田、必死で言葉を探して、
「俺には、多分……何ていうか、……お前が必要なんだよ!」
この春田の言葉に計算はない。
自分の中の気持ちをかき集めて、一番しっくりきた言葉を、なんとか牧に伝えようとしたのがこの台詞だったのだと思う。
「……どういう意味ですか?」
問い返す牧の声が動揺している。
「いや……まあ……一緒にいると楽しいしさぁ……オレ、ダメなところがあったら直すからさぁ、その…友達として? 今までみたいに、普通に……暮らせないのかなあ?」
春田は正直な男だ。
裏表がなくて、まっすぐで、計算なしの天然の愛嬌があって、周りの誰からも好かれる。
この言葉も、掛け値なしの本音なんだと思う。
春田としては、せっかく仲良くなって、親友と呼べるくらいになった牧との関係を、こんなことでダメにしたくないのだろう。
「ダメなところがあったら直すから」
という部分が泣かせますね。ポケットのティッシュも気をつけるし、お菓子のカスを床に落としたりしないし、牧に怒られそうなところは直すから、だから出ていかないで欲しい、と、春田としては精一杯の譲歩だったんだろうな。
だけどこれは、「好きだ」と告げてきた相手に対しては、この上なく残酷な台詞だ。
優しい男ならではの残酷さと言おうか。
恋心に応えられないなら、答えは本来「NO」しかない。
それを、応えないくせに「お前が必要」と言う春田。
「一緒にいると楽しい」とか言っちゃう春田。
(ああもうそれ以上牧くんの心を揺らさないであげて…ッ!!)
と画面の前で両手を握りしめた視聴者は私だけじゃないはず。
だからやっぱり、牧はため息をつくしかないのだった。
「……ホント……ズルいですよ。春田さん…」
そう、この場合、「ズルい」という言葉がぴったり来ちゃうんだよなあ。。
だって、春田の言っていることは、牧の「好き」という気持ちをまるで無視した上で成り立つものだからだ。
「好きとかそういうややこしいことは抜きにして、これまで通り友達として楽しくやろうや」
ということと同義だからだ。今の春田にそんなつもりはなくても。
例えばマロが今の春田の立場だったら、全然違う言葉を返すような気がする。
ここでは、彼女いない歴5年、恐らくそれ以前もそれほどモテてはいなかっただろう春田の、恋愛スキルの低さが遺憾なく発揮されてしまう。
超絶鈍感ボーイ、「っとに物分かり悪い」春田にも分かるように、牧は実力行使に出る。
「ズルい」と言われて「え?」と戸惑う春田の方に、つかつかと近づく牧。
春田の前に立ち止まる牧の黒い靴。爪先立ちでぐっと背伸びをしたかと思うと、春田の額にそっとキスをする。
(俺の言う『好き』は、こういう『好き』なんです)
牧のモノローグがあったら、こう語っていただろう。
(だから春田さんの言う『友達として普通に』は無理なんです)
と。
「……普通には戻れないです」
春田を見つめる牧の眼差しが何とも言えない。非常に心に刺さりますね。
想いをたたえて涙で潤んで、でも諦めを含んだ表情。
去って行く牧に「ちょ…牧!」と声をかけるも、追いきれず、その場に立ち尽くす春田。
牧の唇が触れた部分に手をやって、戸惑ったように視線を落とす。
牧が自分に向ける気持ちの意味が、やっと春田にも分かった瞬間。
皆さまご存知の通り、「おっさんずラブ」には数々の名場面があって、それこそ枚挙に暇がないくらいですが、この公園でのキスシーン、上位に食い込む場面だと思う。
牧がキスをする瞬間、向こうから差す光が2人の輪郭を浮き上がらせて、まるで絵のように美しい。
で、牧から春田にするキスって、割とがつっと行っているというか、唇を奪う肉食系のキスが多いんだけど、この場面では、本当にそっと、「好きです」と春田に想いを告げるキスになっている。
何度見ても心に沁みます。
そしてここからの「Revival」がねえ! めちゃめちゃ効果あげてますよね!!
きじPが言う通り、ここで(あ、これは本当に本気のラブストーリーなんだ)と腑に落ちた。
笑える場面では思い切り笑わせにくるけど、「男同士」という部分は決して茶化すことなく、正面から描いていくつもりだな、と。
公式の「本気」を感じた瞬間でもある。
どこを切り取っても好きなところだらけだけど、この場面は本当に好き。
「珠玉」という言葉がこれほど似合う場面もない、真の名場面だと思います。