炎の中に取り残された春田と牧。
何とか脱出ルートを探し出すべく、歩けるところを探して歩いている。
二人とも、姿はボロボロだ。顔には土埃がついて黒くなっているし、シャツもズボンも泥や煤で汚れている。オフィスでのしゅっとしたイケメンぶりは見る影もない。
その分、余計なものも剥がれ落ちている。
例えば、会社での立場の違いとか。仕事を頑張ろうと思うあまり、つい相手と自分を比較してしまう心とか。
そんなものは全部、外の世界だ。
閉ざされた空間で、しかも死の危険と隣り合わせ。いらない見栄も意地も、張っている場合じゃない。
春田に肩を貸す牧も、抱えられて足を引きずりながら歩く春田も、多分このとき、考えているのは相手のことだけだと思う。
「あのさ……やっぱ、取り消してもいい? 別れるって言ったの」
春田の声音も口調も、すっかり元の春田だ。ぎすぎすした棘もなく、気負いもない。
ただただ素直な、春田の生の感情を表す台詞。
「え、今?」
とツッコむ牧の声も同じ。観ながら(え、今?)と同じタイミングで私も思った。笑
でも、こうやって、危機的状況の中、二人で身を寄せ合っていると、「相手がどんなに大事な存在か」を鮮やかに感じるのだと思う。
あれから時間も(多分)経っている。ジャスに涙ながらのお説教食らった後でもある。
軽率に別れ話を持ち出した自分を、十分後悔しただろう。
「なんかさ……牧にだけ夢があってさ……毎日忙しくて、すげームカついちゃってたけど」
だよね。映画の冒頭から、「夢」が通奏低音のように流れていたよね。
「わんだほう」で久しぶりに牧とさし飲みの機会を得たものの、春田の心配をよそに、牧は夢が叶いつつある充実を語っていた。その牧の夢も、本社に戻ったことも、ちずは知っているのに自分は知らなかった。鉄平兄もなんだか夢について語っている。
自分だけ確たる「夢」を持っていないことや、一年ぶりの帰国でプチ浦島状態であることから来る疎外感は、実はずっと春田について回っていたのだろう。
恋人としてだけでなく、同じ社会人の一人の男として、牧に嫉妬を感じていた春田は、素直にここでそれを吐露する。
「よく考えたら、オレにもあったから。夢」
そう、春田だって信念とプライドを持って仕事にあたっていることは、ドラマ版からずっと、きちんと描かれてきた。
それは劇場版でも変わりない。
牧ほど理論的ではない春田、ことさら自分の信念や夢について言語化してみなかっただけで、それは最初から、ちゃんと春田の中にあったのだった。
「どんな夢か聞かねえの?」
「……聞かないです」
「聞けよ」
と、すっかり元の調子に戻った二人のやりとりが微笑ましい。
ここでなぜ、牧は春田の夢の中身を聞かないのか?
諸説あるだろうけど、性格的にツンデレな牧くんにシンパシーを感じる私としては、
(あーこの場面なら私も聞かないなー)
で終わりでした。スミマセン。笑
あのね、ツンデレさんの思考回路って、「相手がこう聞いて欲しいだろうなという既定路線を行きたくない」んですよ。
「お若いですね」というお世辞を真に受けて「何歳だと思う?」と聞き返されると、推定年齢より-3~5歳くらいな年齢を言うのが大人の嗜みじゃないですか? でもアレ、イヤなの。言って欲しくてウズウズされちゃうと、余計言いたくないの。大人気ないのは重々承知してるけど、絶対言わないの。それと同じ。
だから、牧の心理を勝手に代弁すると、
・「その夢ってなんですか?」とありきたりな質問で返すのがイヤ
・ていうか春田さんの夢なんて大体想像つくし
・それがすぐ分かるくらいには春田さんのことずっと見てきたし
・春田さんが何を言っても絶対応援する自信あるし
・そんで正直今それどころじゃないから、落ち着いた状況でちゃんと聞いてあげよう
・そのためにも絶対生きてここから出なければ…!!
というところではないでしょうか。
牧くん、公式さんからもドSだドSだと散々ドS認定されてきたけど、キャラ属性としては、ドSというよりも「ツンデレ」だと思う。
だからね、春田の「取り消してもいい?」に対して、YesともNoとも言わないじゃないですか。
でも、その次の、
「狸穴さんとは何もありませんから」
という台詞が、牧からの答えになっているわけだ。
牧にとっては、狸穴リーダーは尊敬する上司であって、それ以外の何者でもない。(もしかするとコナかけられてる?くらいな疑惑は感じていたかもしれんが)
疚しいことなどないから、春田にいちいち説明も断りもしなかったけど、ここへ来て突如この台詞。何も言わなかった牧が、自ら春田に説明している。
地味だけど、牧の心境の変化を示す大事な台詞だと思う。
ここへ駆けつける道すがら、牧も散々後悔したはずだ。
春田からの「別れようぜ」に、なぜあんな簡単に「そうですね」と言ってしまったのか。
そこからの、
「今までありがとうございました」
という総括が早すぎるんだよ。一体何秒後よ。10秒かかってないだろ。
あれだけ苦労の末に手にした恋、諦めるのが早すぎでしょー!!
大体アンタ、ドラマのときもそうだったやろ!? 勝手に別れを告げて、勝手に「ありがとうございました」って頭下げてさあ!!
引き際良すぎるんだよ!! はるたんに振られて、「なんでえーー!!」と泣いて縋った武蔵にすこーし爪の垢分けてもらって煎じて飲め!!!(マジ泣き)
……おっと、取り乱しました。失礼。
コホン。
仕切り直しまして。
まあともかく、牧くん自身、そんな自分を顧みて、反省したのではないでしょうか。
「自分にとって当然のことでも、相手には言わないと伝わらない」
と、少しは分かったのだろう。
だから、
「狸穴さんとは何もありませんから」
という台詞になった。
だってこれ、恋人としての台詞だよね。別れてたら関係ないもんね。
これがつまり、
「別れを取り消してもいい?」
と言った春田への、牧流の「Yes」なんだな。
まだケンカモードだったら、春田も
「だから何だよ」
「つーかさっきの、聞いてた? ハイかイイエ、どっちなの?」
と問い詰めてもおかしくない、遠回りでなおかつメンドくさい回答ではある。
でも、春田の方も、
「ああ」
と素直にうなずく。
「何見たか知らないですけど、仕事の話してただけですから」
「うん」
元々、それほど根深く疑ってはなかったんだな、春田。
そして、牧のこういう話法にも、きっと自然と馴染んでたんだな。
若くてイケメンでフレッシュなエリートだけど、本心は隠すし、実は会話のキャッチボールがヘタだし、ヘンなところに地雷あるし、色々とめんどくさい男でもある牧凌太。
春田ののほほんとしたお人よし加減や、絶妙な鈍感力で、牧が救われていた部分も多々あったに違いない。
二人がやっとお互い身ひとつ、「余計なものをしょってない」という意味では裸に近い状態で向き合って、「やっぱり一緒にいたい」と同じ結論を出したこの場面。
ここで、またしても春田の上に燃える何かが崩れ落ちてくる。
「危ないッ!!」
どん!と春田を突き飛ばした牧、燃え崩れる柱の下敷きになってしまう。
牧の脚の上にどっかりと乗った柱は重量・面積ともにかなりの規模。
幸い、春田によってすぐどけられたが、牧の傷は深そうだ。
足を動かすことが出来ない牧、ここまでと思ったか、
「大丈夫です! いいから先行って!!」
と春田を行かせようとする。
が、春田、牧の方に背を向けて「おぶされ」のジェスチャー。
牧の渾身の叫びにも動じず、
「早く乗れよ!」
と叫ぶ。
ここで自分だけ助かろうなどと、春田が考えるはずもない。
牧も意地を張らず、素直に春田の背におぶさる。
…と、真面目にレビュー書いてますが、実はこの場面もこれまで同様、周りの燃え具合が実に都合よくてですね、観てると
(火薬の量調節するの大変だっただろうなあ…)
とか、
(これだけ床が燃えてても、すぐ隣の布とか天井が燃えてないの、難燃性の素材か、消火剤のスプレーかな?)
とか、色々考えてニヤニヤしてしまう場面でもあります。
まあ、何でもいいんですけどね。
面白ければ、そして春田と牧が可愛ければ、そのほかのことはどうでもね。笑
もちろん続きますとも!