おっさんずラブが好き!

ドラマ「おっさんずラブ」の細かすぎるレビューブログ。OLの深い沼にハマって当分正気に戻れません。ほぼおっさんずラブの話題しかないかもしれない。ネタはバレまくりなのでご注意を。

「おっさんずラブ」の奇跡⑤ 余白の美

おっさんずラブ」というドラマを成功させたもののひとつとして、「脚本の余白」は外せないと思う。

 劇場版を見るころに気づいて、これまでも何度か記事で言及している。

 例えばこの記事。

ktdmtokttn.hatenablog.com



 キャラに喋らせ過ぎず、「説明しすぎない」ところに余白を残すのが、徳尾脚本の特徴だ。



 …ということを、書こうとずっと思っていた。

 ところが、ここでひとつ困ったことが、

「私が特に演劇台本に造詣が深いわけではない」

ということだ。

 本来なら、他のドラマではどうか、作品の脚本を比較して、視聴者として受け取るキャラの心情がどう異なるのか、あぶり出して見せるのが正当な書き方だと思うし、その方が説得力がある。

 しかし、私はドラマフリークでもないし、比較データとなる恋愛ドラマをすぐに思い出せるほどの記憶力もない。この比較のために他ドラマの脚本を入手するとか、セリフを文字起こしするとかすると、それなりに時間とエネルギーを食う。

 というわけで、他の作品との詳細な比較はせず、あくまで私個人が感じたことを述べる脚本批評になることをご了承いただきたく。



 さて本題。

 「おっさんずラブ」は言うまでもなく、主人公・春田創一と、営業所に新たにやってきた牧凌太とのラブストーリーだ。

 しかし、牧が春田に惹かれていく場面描写は、それほど多くページが割かれていない。

 第一話のマンションでのポスティングシーン、シナリオだとこんな感じ。

 

14 マンション・エントランス(日中)

 

 ポスティングをしている春田。それを見ている牧。

春田「マンションによってはポスティング禁止のところもあるから、必ず管理人さんの許可を取って」

牧「はい」

春田「お断りのところに突っ込むとクレームになるから、ちゃんと表示を見て」

牧「はい」

春田「あとはもう、上から順番に突っ込んでいくだけ。できるだけ折れないように、軽く入れる。やってみ」

牧「はい」

 牧、代わりにポスティングをやってみる。

 そこに管理人の森崎眞砂子(64)がやってくる。

  ――中略――

春田「いや、大きいっていうのは全体じゃなくて、胸だから、おばちゃん」

森崎「何を贅沢言ってるの、大は小を兼ねる!」

春田「いやいやいや(苦笑)」

 牧は、春田と森崎のやり取りを微笑ましく見ている。

 

15 路上

 

 歩いている春田と牧。

 街行く人に『あ、どうもー!』と挨拶している春田。

牧「同じ不動産でもやってる事、全然違うんですね」

春田「ああ…営業所は、街とか人が好きじゃないと成り立たないからね。なんつって」

牧「すごいです。春田さん」

春田「いやいや、俺は全然すごくないし、成績ドべだし」



 これだけ。こうして字面で見ると、アッサリしたやり取りだ。

 しかし、ここで既にもう、春田と牧の物語は始まっている。そして、牧の心が動いていく重要な切っ掛けとなるシーンだ。

 実際の芝居では、春田が若干先輩風を吹かせながら牧にポスティングの説明をしている。

 そして民にはお馴染みの「やってみ~?」という絶妙にコミカルな台詞の言い方。

 牧は牧で、脚本ト書きでは単に「微笑ましく見ている」とだけ書かれているところ、どれだけの温度感で春田の方へ好もしそうな視線を送っているかは、各自もう一度チェックしてみてください。(突然の課題)

 続く路上のシーン。改めて見直してみると、牧の春田への好意がどんどん高まっていく場面になっている。

 春田は「あ、どうもー!」ではなく、すれ違う親子連れの子供とバイバイを交わしたり、犬を連れたおばちゃんの、犬の方に「お散歩してるのかァ」と声をかけたりすることで、誰とでも分け隔てなく仲良くなる春田の人懐っこさ、子供や犬に好かれる人の好さが表現されていて、牧と一緒に視聴者も「主人公・春田」という男を好きになっていく瞬間だ。

「いやいや、俺は全然すごくないし、成績ドべだし」という台詞は、座長によって

「イヤミか。成績ドべだわ。イヤミか」

と、よりユーモラスな風味を帯びた会話に変えられている。この、「ちょっとひがんでみせる」匙加減が絶妙で、春田という男の稚気というか、可愛らしさを好もしく受け取ったのは、私だけではないはず。

 短い場面だけど、テレビ画面いっぱいに広がる満開の桜と、心が浮きたつBGMも、物語の動きに彩りを添えて演出する。



 武川主任から電話がかかってきて、麻呂のクレーム処理に春田が駆り出される場面。

 シナリオだとこう。

 

17 路上

 

 プチンと電話を切られる春田。

春田「えっあっ! …またあいつかよ……ごめん、ちょっと行ってくる。(チラシを渡して)これ、適当なところで切り上げていいから」

牧「は、はい…」

 春田はチラシの束を渡して去っていく。



 春田のセリフの後に、ポスティングシーンと同じ「やってみ~?」を付け加えたのは、座長のアドリブだろう。

 それを聞いて、フフッと笑う牧の笑顔が、もうかなり春田に対して心を許しているんですよね。

 そして、シナリオだと、春田が「去って行く」となっているところ、「去って行く春田の背中を見送る牧の眼差し」を、カメラが寄って映し出す演出によって、この一瞬が視聴者の印象に残る場面となった。

 座長に比べると、遣都はセリフを変えていない。短い時間でぐっと縮まる距離を、表情だけで表現している。



 ここ、本当に短い場面で、時間を計ると2分2秒。だけど、物語を動かす要となる超重要場面だ。

 この後、春田が牧とバッタリ出逢い、「一緒に住まない?」と提案する。

 牧がその提案を受け入れる描写はないんだけど、「数日後、牧凌太は俺の家に引っ越してきた」というナレーションと共に、段ボールを抱えて春田の家にやってきた牧の姿が描かれる。

 ここで、視聴者が「えっ?」と感じたら、物語が始まらない。

「え、出逢って間がないのに、同居OKしちゃうの…?」

と引っかかったら、その次の展開も入って来なくなってしまう。

(あーそっか、仲良くなって、同居もまあいいかと思ったんだな)

と、すっと納得しなければならない。

 そして始まる同居生活。(これからどうなるのかな…)と、自覚に到らないかすかな期待をかきたてられながら、春田と牧を見守る我々視聴者はもう、まんまと釘付けにされているわけだ。

 それを2分2秒で見事にやってのけたおっさんずチーム。

 うーむ、こうして書き起こしてみると、「………凄い」と唸る以外、言葉がない。



 こうして始まった春田家での同居生活。

 ここもまあ、シナリオはアッサリしてるよ!

 

春田N「牧がウチに来て分かったのは、超がつくほどマメな奴だということだ」

 ×  ×  ×

 

 洗濯後、ティッシュまみれのズボンを手に取り。

牧「(静かにキレて)いやマジ、ティッシュ

春田「あ、ごめん…」

 ×  ×  ×

布巾でテーブルを拭いている牧。

牧「も~お菓子こぼすとか、ガキじゃないんですから」

春田「わりい」

と、立ちあがる春田。

 服に付いていたスナック菓子のカスが床に落ちる。

牧「ぁあぁあぁあ……!」

 ×  ×  ×

 シンプルだが品数の多い料理が並べられている。

春田「すげえな……」

牧「カロリーとかバランスが大事なんで」

春田「!! 何これ、うまーーっ!」

 嬉しそうに微笑む牧。



 アッサリながら、徳尾さんの脚本、情報量は多い。

「春田の服も洗濯してあげている牧」を描くことで、「マメな上世話焼き」、「だらしない春田にキレるドS属性」、ついでに「言葉を略して言う若者感」も出ている。

 ただ、心情を表すような台詞もト書きもない。シナリオだから当然と言えば当然だけど、書かれているのは動作と台詞のみ。言わば、ストーリーの「骨格」だな。

 そこへ肉付けし、命を吹き込むのが、演出部と俳優部の仕事になるわけで。

 上の場面だと、最初の春田Nの前後に、「まめまめしく掃除機をかける牧」「それをソファで見ているだけの春田」「春田のゾイドコレクション」の映像を入れることで、2人のキャラの違いをくっきりと浮き立たせる演出が取られているし、「布巾でテーブルを拭く」代わりに、「春田に飲み物のマグを差し出す(春田の家なのに)」という動作にして、牧の世話焼き属性をより印象づけている。

 そしてここ、脚本だと「品数の多い」という指定があるだけで、メニューは指示がないのですね。春田家で最初に出てくる牧ごはん。

 その前の「唐揚げ目当てですか?」という牧の台詞と、第二話での武蔵弁当で出てくる唐揚げを考慮して、ここでも唐揚げが選ばれたのであろう。

 こうしてメニューを統一することで、春田の好物と言えば何をおいても唐揚げ!という図式がより強固になり、民のソウルフードともなったわけだ。

 「嬉しそうに微笑む牧」とだけある部分、遣都がどんな表情で春田を見ているか、各自チェックしておいてください(課題再び)。



 知識はないけれど、脚本とはおおよそこのように「骨格」を書くものであって、あとは現場の腕次第、ということなんだろうと推察は出来る。

 ただ、「おっさんずラブ」の凄いところは、脚本の余白を、演技と演出が「すべて埋めずに残しておいた」という点だと思う。

 牧が春田のどこを好きになったのか、なぜ惹かれたのか、「落ちた」と言えるポイントはどこだったのか、最後まで描かれないし、牧自身の台詞にもない。

 第一話が「おっさんずラブ」のエキスがギュッと詰まった濃縮果汁だから第一話を下敷きに書いたけど、全編を通じてこの「余白」技法が取られている。

 武蔵が春田に惹かれる理由も、2016年単発ドラマ版では手紙という形で語られていたけど、2018年連ドラ版では特に語られていない。

 ちずが春田への恋心を自覚するポイントも、ハッキリとは描かれない。

 武川主任と牧が出逢うシーンはあったが、2人が何故つきあうに至ったのか、どちらが好きになったのか、何故別れたのか、これもふわっとしか描かれない。

 一応武川さんが「あいつは俺に惚れて入社してきたんだ!」と春田にマウントを取る台詞があるけど、ここまでで既にこのドラマの「おっさんずラブ」話法に慣れていると、(牧くんからすれば違う主張かもしれんなあ…)と、妄想でニヤニヤしてしまう。



 そう、大事な部分はすべて「空白」になっているのが、「おっさんずラブ」を作った徳尾脚本の最大の特徴だと私は思う。

 そしてこの部分、空白だからこそ、ドラマを見た視聴者自身が、「自分で埋める」ことが出来たのだ。

「100人が見れば100通りの解釈ができる」と私がレビューで書いたのはまさしくこの点のことで、この「余白」部分に、見た人がそれぞれ自分の解釈を補完することで、「おっさんずラブ」という物語は完成する仕掛けになっている。

 そこに、「おっさんずラブ」という物語が大きくなっていくポテンシャルが生まれたのだと思う。



 

 私が延々書いているドラマレビューだって、多分抽出してみたら、私の妄想が半分くらいになるはずだ。

 例えば、「おっさんずラブ第二話① キスの翌朝」という記事の、この部分。

 

 腑に落ちない春田が

「あのさぁ…」

と声をかけようとすると、

「じゃ、先行きます」

と牧は慌ただしく出て行ってしまう。

 激情に駆られて、衝動的にあんなことをしてしまったら、牧としては、いったんこうして「何事もなかった風」を装うしかないですよね。このポーカーフェイスは牧の精一杯の武装だ。内心、めちゃめちゃ焦ってるだろうことは想像に難くないんだけど、牧は表に出さない。

 

 激情に駆られたシャワーチューの翌朝、気まずい朝食の場面。ドラマが描かない背景を、私は自分で想像して付け加えて記事を書いたわけだ。

 その後の展開も役者の演技も、そうした「妄想補完」を邪魔しない。それはそれで成立させてくれる、懐の深さがこのドラマにはあるんだな。



 この「邪魔をしない」ってすごく大事なことで、好きな人には申し訳ないが、intheskyはまさに、この点が失敗するとどうなるかという好例であった。

 sky編では、この「余白」が単なる穴ぼこになってしまっていたのが、同じチームが制作して何故ああなったのか、私には知る由もない。

 けれど、sky編を見ることで、天空不動産編の何が凄かったのか、ハッキリと気づくことが出来たので、私にとってはとてもいい教科書となった。

 誠に、人生に無駄なことは何ひとつないですね。




おっさんずラブ」というドラマ、海外でも広く受け入れられていると聞く。

 それはやはり、このドラマの持つ「余白」が、どんな文化の人の解釈でも成り立つポテンシャルを生んでいるからだと思う。

 この「余白」、もちろん徳尾さんが意図的に作り出しているもので、公式本だったかな?どこかに

「ぎちぎちの脚本を書きました」

「いや、余白だらけだし!」

みたいなやり取りが記されていたことからも分かるんだけど、スミマセン、この記事を書いて体力が尽きたので、興味のある方は自分で探してみてください(乱暴)。映画の方のシナリオブックだったかなあ。

 この「余白」、生かすも殺すも、演出と役者の演技次第だったと思うんだけど、それがどれくらい見事に「おっさんずラブ」という物語を創り上げたのかは、ここをご覧になる方なら知らない人はいないだろう。

 脚本と演出、役者の演技が、これ以上ない形でかっちりとハマり、「おっさんずラブ」というドラマが完成した。

 これぞ「奇跡」と言っていいのではないでしょうか。

 



 最初に書いた通り、これは私の個人的解釈であって、しかも素人が書いた意見に過ぎない。だから、異論はあろうし、別の見方ももちろんあるだろうと思う。

 けれども、「おっさんずラブ」が奇跡のドラマとして語り継がれていくことは間違いないと、私は確信している。

おっさんずラブ」は今のこの日本社会に風穴を開けた、革新的なドラマとなった。

 このドラマを見て刺激された若い才能が、いつか新しい「おっさんずラブ」的ドラマを生み出してくれるかもしれない。

 そうして「奇跡」が続いていくといいと思う。