スマホを振って、お互いの連絡先を交換するちずと麻呂を、
(え、何この展開…)
みたいに引いて見ていた春田。
ここでようやく、牧の姿が見えないことに気づく。
「牧は?」
と聞くと、
「さっき、武川さんと外に出て行ったけど。何かしら。お説教?」
と答えるマイマイ。マイマイは何ひとつ見逃さない。さすが、営業部一の情報通。
視線の向きを変える春田、出入り口に目をやったのかな。
不審げというより、不安そうな表情だ。
ガララ…と引き戸を開けると、牧と武川の姿が目に入って、思わず戸の内側に下がる春田。激ニブ男の春田も、何事か察したのでしょうか。
「……そういうことです」
と低い声で報告する牧に対して、
「説明になってないだろォ!!」
声を荒げ、ゴミ箱を蹴りつける武川主任。
この剣幕が只事じゃない。普段は冷静沈着、若干潔癖症のキライはあるけど、部下には公平で、キスのことを相談した春田にも親切な態度を見せていた武川主任と、同じ人とも思えない。
武川さんの激昂ぶりに、陰から見ていた春田、ビビって身を竦ませる。
ここ、どういう順で撮られたのかは分からないけど、公式本で
「ちょっときつくなっちゃいましたね…」
と苦笑していた中の人、眞島さん。うーん、そうね、ちょっとキツかったと思います。笑
まあそれはともかく。
怒鳴られた牧は、
「すみません」
と小さな声で謝っているが、
「そんな報告で通用すると思っているのか」
と武川さん、許す様子もない。
さてこの場面、まだ武川主任が牧の元カレという情報は明かされる前なので、春田にも視聴者にも、
(なんかめっちゃ訳アリっぽい)
という不穏さだけが伝わったわけだ。
ではあるけれども、見返す側としては、当然その情報は頭にインプットされているので、この場面は武川さんの心情もちょっと考えながら鑑賞しちゃうわけだ。
今となればもう、(元カレが未練ありありの牧にいちゃもんつけるシーン)と思って見ている回数の方が多いから、ここは無理しないで、そっち側で考えてみようと思います。
Q.武川さんと牧はこの場面、一体どんな話をしていたのか?
武川さんの気持ちは推測できちゃいますよね。かつては仲睦まじい恋人同士だった。そして、嫌いで別れたんじゃないっぽい。武川さんはまだ牧に想いが残っていて、このときはあわよくば焼けぼっくいに火がつかないかな、いっそつけちゃおうかな…てところだったのではないかと推測される。
ところがそこへ、降ってわいた春田と牧のルームシェア話。
武川さん、きっとこのときが初耳だったんですね。
「楽しそうだなぁ~!」
と言いながら笑う表情がなんとも言えない歪みっぷりだったのも、それなら分かる。
マイマイの
「ルームシェアしてるのよね? 2人」
は武川さんにとってはとんだ爆弾発言で、
(……なん……だと……ルームシェア? ルームシェアってあの、一つ屋根の下に一緒に住むルームシェア?)
(それって……同棲!?)
てなって、頭の中に嵐が巻き起こっていたかもしれぬ。
(ウソだろ? ウソだよな?)
と否定したい気持ちでいっぱいのところ、牧はあっさりと
「ハイ」
と肯定してしまった!
(はぁぁ~!? なんで俺のところに戻ってこないで、春田なんかと一緒に住んでるんだよ! 凌太!!)
てなって、内心血の涙を流しながらの
「楽しそうだなぁ~!ハッハッハッ……(涙)」
だった可能性もある。
となると、牧を店の外に連れ出したのも、本当は春田との同居話を問いただしたかったんじゃないかと思う。
でも、ですよ。一応今は恋人関係は解消していて、上司と部下でしかないわけだ。
だからここでも、問い詰めたい気持ちをぐっと抑えて、仕事の話をしていたんじゃないですかね。政宗の性格的に。
「そんな報告で通用すると思っているのか」
という台詞は、そう考えると辻褄が合う。
牧の報告が本当にそんな、きつい叱責の対象となるものだったのかどうかは分からないけど、職場の上司という建前もあり、人生の先輩というプライドもあって、(公私混同はしない)と懸命に線引きしていた武川さんの中の、ふつふつと滾るジェラシーが、抑えきれず吹きこぼれてしまった……と、そんな場面じゃないかなー、と私は考えながらこの場面を見てます。
牧も、冷静な性格でありながら、春田のことになると割と我を忘れがちというか、突っ走りがちになるけれど、武川さんという人は、牧のこととなると普段の冷静さを失って、感情を表に出すキャラクターとして描かれている。
武川さんの、この秘めた情熱も、「おっさんずラブ」という物語を動かす重要な推進力となっていく。
いやー、味わい深い、いいキャラだと思います!
で、武川さんと牧の、この意味深なやり取りが、春田(だけでなく視聴者も)の興味をぐっと牧に引き寄せることになる。
春田の家に帰ってきた春田と牧。あの後、飲み会から一緒に帰ってきたんですね。
「風呂、先入っちゃっていいですよ」
と冷蔵庫に何かをしまいながら牧が言うのに、
「おぅ、サンキュ」
と春田が答えている。
この、完璧に主従が逆転している様子、面白いですね。笑 牧がこの家にやって来てまだそれほど時間は経過していないはずだけど、この家の万事をとりしきるのは牧で、主導権も牧みたいだ。そして、この家の主であるはずの春田、こうして牧に指図されるのに全く何とも思ってなさげ。この辺も、2人の性格がうまいこと噛み合ってるんでしょうね。こういうのが「相性」だと思います。
「なあ、何だったの? さっきの」
と春田が聞いているところを見ると、一緒に帰ってきたのに、道中では牧に聞けなかったんだな。春田は、自分に向けられる好意には鈍感だけど、空気を読めない男じゃない。なんとなく、そういう話をする雰囲気にならなかったのかもしれない。
でも、どうしても気になる。だから、いったん向こうへ行きかけて、
(いや、やっぱり聞こう)
と牧の方へ向きを変え、牧の様子を伺いながら声をかけたように見えますね。
「何がです」
と牧はそっけない。
「なんか、武川さんにめっちゃキレられてなかった?」
気遣う春田に、
「あぁ……や、大した話じゃないんで」
詳細は打ち明けようとしない。
「なぁんだよ!」
春田、牧の態度を「後輩としての遠慮」と受け取ったんですかね。ぐっと砕けた態度になって、
「オレとお前の仲だろ? ちょちょ、相談してみ?」
人懐こく牧に近づく。
これよ。この態度。
これがもうホント、春田ならではの「可愛さ」と「クズみ」だと思う!
これねえ、多分、本当に同性の単なる後輩には効く「手」だと思うんですよ。こうやって「相談してみ?」と懐を開いて近づかれたら、
「えええーそうですかあ? じゃあ…」
てなって、ポロっと本音をこぼしちゃう男子トーク、あると思う。
で、このときの春田は、牧のことを「仲のいい後輩で半分友達」くらいな感覚で近しく感じているんですよね。
だからつい、いつもの「先輩兼友達」モードを発動して、こういう態度になったんだと思う。それは分かる。
分かるけど、でも、「俺とお前の仲」って、よーく考えようぜ。春田。
キミと牧くんがどんな仲なのかと言えば、
・いきなりシャワーに突入されて壁ドン&キスされた
挙句、
・「俺は春田さんが本気で好きなんですよ!」
とキレられ、
・夜の公園で「普通には戻れません」とデコチューされた
仲でしたよね?
その告白に答えもせず、追い出しもしないで、現状維持でルームシェアを続けていると、そういう状態でしたよね?
それ、控えめに言っても「生殺し」状態だと思うんですけど、そこのところ、どうお考えでしょうか?
春田創一氏の真意を明確にお答えいただきたい!(どん!)
…と、質疑応答の席があれば正面きって問い詰めたい場面ですよ。
いやでも分かってる。「よーく考えるべきところで大して考えない」のが春田創一というキャラの特徴だ。
ここでも、言われた牧がどんな気持ちになるか、深く考えずに「オレとお前の仲だろ?」と言っている。春田には多分、言い慣れたいつもの台詞なんだろう。4話でちずにも言ってたし。
春田には悪気はない。100%ない。
ただ、本来するべき配慮もないのだ。
この辺が、私が第三話を「はるたんクズ回」と称する所以であって、座長も恐らくこの場面の春田のクズぶりは十分理解して演じている。副音声で言及していた通り。
春田がクズっぷりを発揮するとき、必ず(……でも可愛い)と感じるようになっていて、ここでもそう。
「なぁんだよ!」
からのー、すすす…と牧に近づきながらの
「相談してみ?」
という言い方が、絶妙に可愛い。
なので、ホント、座長の計算し尽くされた演技によって我々はこのクズみ溢れるはるたんをどんどん好きになっちゃうわけですが、その計算をそうと気づかせない自然さも凄い。
そんで、「クズみ溢れるけど可愛い」春田創一という男に惚れちゃった牧くんも、大変だな……としみじみ思わされるわけです。
「ありがとうございます。でも、ホント大丈夫です」
ここでの牧の返答は、礼儀正しく、そつがない。
そう、ここはこうして、「会社の後輩」というラインを越えないことで、自分を守るしかないですよね。牧くんとしては。
シャッターを降ろして、春田を自分のパーソナルスペースに入れないようにすることでしか、「告白した相手と同じ家で暮らす」日常を送ることは出来ない。
だから、春田とほとんど目を合わせることもなく、すっと身体をかわして、部屋を出て行ってしまう。
気遣いが空振りに終わった形の春田。
「そ、相談してみればいいじゃんか…」
と、牧が去ったあとの廊下に向かって、独り言のように呟く。
でもここ、春田は春田で心配げですね。武川さんとの間に何があったのか、何を詰められていたのか、気になるのは本当だろう。
東京第二営業所に牧がやってきて早々、手作りの「虎の巻」を作ってプレゼントした春田だ。牧が会社で居辛い思いをしていないか、案じているのは本心だと思う。
ただ、多分、牧を気遣う気持ちの奥底に、ほんの少し「友情」とは違う感情が芽生え始めているんだけど、そのことに春田自身が気がつくのは、まだかなり先の話なのだった。