昔、私は悪夢ばかり見ていた。
いや、多分正確にはそうじゃないんだろう。いい夢も悪い夢も見ていたんだろうけど、悪い夢はともかく半端なく怖くて、しかもショッキングな内容が多かったので、記憶に残っているのだろうと思う。
子どもの夢とて、筋に整合性などあるはずもなく、家の玄関になまはげが出現したり、習い事の帰りにUFOの大群に襲撃されたり、ハチャメチャなんだけど、ともかく怖かったのだ。
夜型で、床に就いてから布団の中で考え事ばかりしていて、寝つきが悪かったから、今思えば完全に自業自得なんだけど。
小学校にあがる前に見た悪夢の一風景が、今でも忘れられない。
日本髪の女の人が、暗い部屋の中、丸い鏡を覗き込んでいる後ろ姿。
和服の襟が大きく開いていて、背中からうなじにかけて白く塗られている。
後ろから見ると、鏡に映った顔が見える。
顔はのっぺらぼうで何もない。
その、なにもない白い顔面に、のっぺらぼうの女が小筆で大きな一つ目を描いていく。
描かれた「絵」であるはずの目が、ぎろりとこちらを見つめる。
保育園児の頭に、なぜにこのような図が浮かんだのかは分からないが、この絵はともかくも鮮明で、めちゃくちゃ怖かった。
さて、つい3日前、久しぶりに悪夢を見た。
今年も311が過ぎた。10年という時間の経過が信じられないが、あの震災の被害を日常考えているかと言えば、「普段は忘れている」というのが正直なところだ。
いや、それではいかん。物理的に離れている私たちはともかく、今でも避難生活を続けている人たちも少なからずいる。他人事ではない。
なので、震災についての番組を、テレビやネットでよく見たんですね。
悪夢は、それをもろに取り込んだ内容だった。
どこか分からないところを歩いている。後ろでボンッと爆発音が聞こえる。それが原発の一部であることを、夢の中の私は知っている。
(この距離で爆発したらもうダメだ、被ばくする)と、覚悟の上だったはずなのに、やっぱり咄嗟に袖で口元を覆って、極力空気を吸うまいとする。(往生際の悪いやつ…)と自分で自分を嗤いつつ、どうしても諦めきれない。
で、次の場面、死んで生まれ変わったのか、いやそうじゃないな。
目の前には巨大な虫がいる。多分女王バチ。
さっき歩いてて被ばくしたのは人間の私のはずなんだけど、ハチのサイズになっている。
右手にはやはり巨大な六角形の小部屋が横向きに並んでいて、ハチの巣なんですね。
女王バチがなんかくわえてもごもごすると、その小部屋へと移動することになる。
私の順番が来ると、女王バチにもごもごされて、ハチの子と一緒に小部屋に収納されることになる。
なんでそんなことになったのかは知らんけど、おーちゃんねるでハチやハチの巣やハチの子を見過ぎたせいかもしれない。
でも、小部屋に収納されたら、他のハチの子たちが放射線の影響を受けてしまう。
被ばくした私の身体からは放射線が出ているはずなのだ。
「ダメ、他の子たちが無事じゃすまないからダメ!」
と、誰かに向かって一生懸命拒否していたのを覚えているんだけど、あれは誰に言ってたんだろう。
もしかしてハチのお母さんに言ってたんだろうか。
ぱちっと目が覚めたら、まだ午前3:00頃だった。
どっどっどっどっと心臓が鳴っていた。
額を拭ってみると、かなり汗をかいていた。
(………夢でよかった……)
と、ほうっ…と息をついた。
久しぶりの悪夢だった。
まあ、アレです、社会に関心を持つことも大事だけど、あまりちゃんぽんで立て続けに動画を見ない方がいいということですね。
睡眠中の脳はおかしな具合に編集してしまう。
久々に、数日引きずるくらいの怖さだった。
悪夢は散々見てきたけど、今記憶に残ってるので一番怖かったのは、朝起きたら布団の横に知らないおじさんが立ってて
「ドア、開いとったで」
と言うやつ。
本当にただそれだけなんだけど、あまりにもリアルで、目が覚めてからも
(えっ、えっ、今の夢? ホント?)
てめちゃくちゃ焦った。(夢だった)
オバケよりもなまはげよりもUFOよりも人間が一番怖い。
今生きている現実が、ある日ふと目覚めて
「……なーんだ、夢だったんじゃん!」
てならないかなーと、去年は何度思ったことか。
でも、夢じゃなかった。朝起きると、やはり世界はパンデミック真っただ中で、何もかも思う通りにならない。
リアルが悪夢みたいなんだから、せめて夢の中くらい安らかでいたいものだ。
ね。