場面は変わって、真っ黒な夜空に浮かぶ黄金色の満月。
……かと思いきや、黒澤夫妻のダイニングキッチンだった。月を模した照明。柔らかい明かりで、夜の居室を居心地よいものにしてくれるライトだ。
もしかすると、この家を買ったとき、2人で家具を選んだりしたのかもしれぬ。
「お月様みたーい!」
と喜んで選ぶ蝶子さんと、
「いいじゃない。これにしようよ」
と微笑む武蔵。……みたいな歴史が宿っているライトなのかもしれんなあ、などと、勝手な想像を繰り広げて、感慨に耽ってしまいますね。こう何度も目にしていると。
一話のラストでも見られたこの演出、黒澤夫妻の間に不穏な空気が漂っているときに使われるのかもしれない。
「ただいま」
帰宅した武蔵が蝶子さんに声をかける。
が、だん!だん!だん!と音を立ててキャベツを刻んでいる蝶子さん、振り向きもしない。
「きょ……今日は、豚カツ…?」
精一杯普通を装って話しかける武蔵。
ファミレスであんなやり取りがあったというのに、何をノンキな……とも思うが、まあ、これが一緒に暮らしている家族の厄介なところで。気まずいことがあったとしても、顔を合わせなければならない。それでなんとなくなあなあになっていつの間にか仲直りした感じになることも多いんだけど、今回ばかりはそんな案件ではない。
蝶子さん、無言でだん!だん!だん!だん!とキャベツを刻み続ける。
増えていく大量の刻みキャベツ。
「お……お代わり自由な感じ?」
無言。
張り詰めた空気の中に響く包丁の音。
鼻白む表情を見せる武蔵、完全にビビっている。
まあ、彼が蝶子さんにした仕打ちを思えば、これくらいビビらせてもいいと思います。
さてこの四話、春田のポンコツぶりが目につく回でもある。
何がって、仮にも不動産会社の営業なのに、春田に法律の知識がなさすぎることだ。
不動産の営業って、宅建の資格がないと話にならないことが多い。資格を持ってない人もいるけど、法律の知識は必須の職業だ。
あと、
「タワマンが出来て、その1階にわんだほうが入るんだって」
と牧に伝えておきながら、
「不動産会社どこですか」
と聞かれて
「あ、聞いてない」
と普通に答えるところ。
いや、聞こうよ。自分の馴染みの場所にそんな話が持ち上がったと知ったら、どの不動産会社が担当するのか興味持とうよ。
「タワマンてなると、あの辺昔から地主も多いし、買収するの大変だったでしょうね」
新入りのはずの牧の方が勘所を押さえている。
そうなんですよ。タワマンが建つとなると、周り中の店や家に影響が出るわけで、話が具体的に進んでいるのに、今まで全然話を聞いたことがない、というのが既におかしいのだ。
……と、このドラマ放映時私は不動産関係の会社にいたこともあって、春田の感覚にビックリでした。
牧に指摘されて、
「あ…そうだよな」
と、春田も遅まきながら気づいたようだけど、ここで春田はそれどころでなくなってしまう。
「一枚くださる」
と声をかけられ、
「あ、ハイ!」
と反射的にチラシを持って振り向くと、そこには固い表情の蝶子さんが立っていた。
黒い服に黒いコート。肩にかけた鞄まで黒い。
黒装束に身を固め、春田を正面から見据える目は険しい。
「あなたを訴えます」
「……え!?」
「あなたさえいなければ、夫は私の元から離れることはなかった」
「……」
春田、何か言おうと口を開くも、言葉が出てこない。
「あなたが、30年間の夫婦生活をいとも簡単に壊したのよ」
「! ……奥様、奥様ッ、ちょっとお待ちください!」
蝶子さんの中で、完全に「夫と春田がつきあっている」という構図が成り立っている上、「春田の方が夫をたぶらかした」と誤解されていると分かり、さすがに慌てる春田。
「僕は本当に何も…!」
必死に潔白を訴えようとするも、聞く耳を持たない蝶子さん、
「この破壊神!!」
大声をあげて、春田の胸をどーんと押す。
春田、あっさりと後ろに引っ繰り返り、地面に転がってころりんとプリけつを披露…という流れでした。
パートナーに浮気されたとき、男性は心を移した当の本人を責め、女性は浮気相手の方を責めるとよく言うけれど、ここでもその通りになってますね。
蝶子さん、(なんでこんなことになったのか)をずーっと考えてたんじゃないですかね。
ついこないだまで優しかった夫。記念日もちゃんと覚えていてくれたし、薔薇の花束も贈ってくれた。
それがなぜ……と考えるに、
(きっと相手の方から夫に迫ったに違いない)
という結論になったのか。
30年連れ添った妻でなく、新たな想い人を選んだのは武蔵の方なのに、やっぱり夫を責めたくないんですね。まだ武蔵に気持ちがある蝶子さんは。
だん!だん!だん!とキャベツの大量殺戮を行っていたあの勢いのまま、春田に宣戦布告に来たんだろう。
これに関しては、春田は無実だし、蝶子さんの完全なる誤解なんだけど、夫が突如他の人を好きと言い出した妻の気持ちが分かってしまう。
まあ、そうなるよなー…と、蝶子さんの方に共感を持って見てしまいますね。
蝶子さんの言う通り、30年という年月は長い。そして重い。
その絆があるからこそ、武蔵も思い悩み、春田への想いを自覚しつつも、これまで蝶子さんに言い出せなかったのだろう。
ドラマでは武蔵の苦悩についてはあまり時間を割いて描かれていないけれど、靴を履かせてくれた春田に武蔵が恋に落ちたのは10年前だから、当然そうでもあろう、と視聴者は容易に想像できる。
蝶子さんのことは家族として愛しているから、傷つけたくはない。でももう、恋心を無視できない。
一度しかない人生、自分の心に正直に生きよう、と思った武蔵が選んだのは、春田の方だった。
それも理解できるから、武蔵のことも責められない。
ところでここで、テーマソング「Revival」を歌うスキマスイッチの二人がカメオ出演しているのが、おっさんずチームらしい遊び心だ。
Mステに座長と出演したとき、
「めっちゃ緊張した」
と仰ってましたね。その横で、畑違いの場所に超緊張している座長が借りてきた猫みたいになっているのも微笑ましかった。
この場面が、「Revival」のMVのあの「OL続編」とも言うべき場面に結びつくことになったかと思うと感慨深い。
あと、不動産屋のサンドイッチマンって、私が以前勤めていた会社ではやらなかったし、そもそも見かけたこともない。
東京とか関東ではあるんですかね?
それもちょっと不思議でした。
にしても、すってんころりんした春田のプリけつ、まことに形がよいですね。とてもよい。
ストーリーには全然関係ないけど、このすってんころりんシーン、そのせいでとても印象に残っている。
と、変態的に締めたところで、今回はこの辺で。