おっさんずラブが好き!

ドラマ「おっさんずラブ」の細かすぎるレビューブログ。OLの深い沼にハマって当分正気に戻れません。ほぼおっさんずラブの話題しかないかもしれない。ネタはバレまくりなのでご注意を。

後妻業

「後妻業」  黒川博行著 文春文庫

 

 

 

 硬派な文章の束をごりごり読みたい!とこないだ図書館で本を借りてきたのだけど、ロシア文学よりはやっぱり、すらーっと読めちゃう日本のエンタメ作品に先に手が出る。

 カラ兄の5ページを読むよりも、「後妻業」500ページ弱の方を先に読み終わってしまった。




 黒川博行が昔から好きだ。この人の作品、ジャンルで言うと「ピカレスク」ということになるんだろうけど、日本語で「悪党小説」と読んだ方がしっくり来る。

 正道・王道を大手を振って歩いているような人物はあんまり出て来ない。ヤクザ、インチキ業者、はぐれ者、そういう人たちを描くと黒川博行の筆は生き生きと走る。私利私欲まみれで、他の者たちを出し抜くことで自分が一番だと証明し合っているような、そのためには多少の暴力も厭わないような、そんな殺伐とした世界が舞台なんだけれども、才走っているように見えて、登場人物がみなどこかしら抜けているというか、悪い奴らなんだけど憎めないんだな。

「後妻業」の柏木と小夜子も、そらもう悪いんですよ。こんなヤツ身近にいたらとんでもないんだけど、読んでてもその悪さに震え上がる…というよりは

「あーいるいるこんなやつ」

と、なぜだか共感を覚えて読み進んでしまうから不思議だ。

 後妻業は、老い先短い金持ちの年寄りばかりを狙う結婚ビジネスで、犯罪なんだけど、騙される方も騙される方というか、同じ穴の狢感があるのよね。

 最初に出てくる小夜子の夫・耕造は、脳梗塞を起こして倒れたところを、妻である小夜子に放置されてしまう。小夜子が手っ取り早く財産を手に入れるためには、耕造にとっととこの世から退場して貰わなければならない。なので、血液をサラサラにする薬を胃薬と取り換え、しょっぱいものを食べさせてきた小夜子にとっては、待ち望んだ結果だったわけだ。

 というとんでもない展開から始まり、うわーこいつら悪いな……と引きながら読むんだけれども、この耕造がなかなかしぶとく、峠を越したあとは持ち直す。

 病院に駆けつけた娘二人と、小夜子との間で葬式費用を巡って(まだ死んでないのに)バトルが繰り広げられ、次女が諫めるのも聞かずに小夜子に溺れていた様子が窺える段になると、(こんな爺さん騙すのチョロかっただろうなー)と、どっちもどっちだ、と思えるようになってくる。

 で、小夜子に言われるがまま財産をすべて譲る公正証書なんてものをこしらえていた割には、金庫の開け方は絶対に教えていなかったり、人を信用していないのはやっぱりお互い様だったりするのだった。




 この小夜子を使って結婚ビジネスを展開している柏木が、作品中ではコンビなんだけど、この2人が仲が悪く、お互いを罵り合うのも面白い。

 隙あらば全部自分のものにしようとする小夜子と、「オレとアンタは折半や」と絶対に譲らない柏木。

「アンタ、ほんまに欲深いね」

「どんだけがめついねん」

 そうそう、強欲な人って他人をそう罵るよね! 巨大なブーメランが全く目に入らないタイプね!

 柏木がブランドバッグを買いに行って、有名ブランドのぱちもん(偽物)を数万円で買い、

「この女には偽物を持たせたい」

というくだりが印象的。

 本物だと嘘をついて贈るのかと思いきや、

「特別に90万円で売ったる」

と、さらに金を騙し取ろうとするのがさすがの悪党だった。凄いな。清廉潔白な一般人の脳みそでは思いつかん強欲さだ。

 で、爺さんたちをたらし込むのは天才的な小夜子も、割ところっと騙される辺りも、小さくすかっとして、何だか愉快になってくるのだ。





 結婚相談所で高齢男性を引っ掛けて後妻におさまり、亡くなった後に全財産を独り占めする公正証書が出てきて遺族は仰天、小夜子がいけしゃあしゃあと遺産を相続するのを繰り返してきた悪行が、耕造の娘の依頼を切っ掛けに、遂に他人の知るところとなる。

 これが西村京太郎なら、戸津川警部が綿密な証拠固めをしに特急で岐阜やら京都やら縦横無尽に駆け回り、相棒の亀井刑事と共に自宅に踏み込み、柏木と小夜子が遂に御用……となるところだが、黒川博行だから、そうはいかない。

 真相を焙り出すのは元警察官の探偵・本多。表も裏もよく知っている本多がぐいぐいと真相に迫っていく様子は、ミステリとしても読み応えがある。ただ、本多も本多で悪いんだな~。

 柏木と小夜子が何をしてきたか掴んで、白日の元に晒す……のではなく、

「柏木さん、アンタ、この資料幾らで買う?」

 だもんよ。




 黒川博行の小説、こうして「悪い奴ら」に焦点が当たり、キツネとタヌキの化かし合い的な内容が多いんだけど、不思議と愉快な気持ちになってくるんだな。

「人なんてどいつもこいつも切り開いて皮を剥げばただの肉の塊だ。死ねば分かる」

とは、「アンナチュラル」中堂系が第三話で残した名台詞だが、黒川作品を読んでいると、

(人なんてどいつもこいつも、どこかしら『悪い』んだよな。みんな一緒だわ)

と言う気になってくる。

 悪党ばかり出てきて、誰一人改心するでもなく、因果応報としか言えない目に遭っても懲りずにそのまま…ということも多いんだけど、何故だか人間を嫌いにはならない。

 むしろ、欲望剥き出しでしぶとく生きる彼らの生命力というか、決して白くはないんだけどふてぶてしいパワーというか、そんなものを感じて、ちょこっと元気になったりもする。




 で、本作品、大阪で20年以上暮らした私にとっては、知っている地名ばかり出てきて、めちゃくちゃ親近感を感じる点でもツボでした。

 黒川さん、地名とか事件とか、実際のものをばんばん出すよね。羽曳野、JR藤井寺駅、富田林のでかい病院、吹田の江坂、どれもこれも馴染みのあるものばかり。

 土地鑑があると、江坂に結婚相談所のオフィスがあって、弁護士事務所が西天満で、国道171号線(通称イナイチ)を通って新御堂筋を走って梅田で降りるとか、そういう記述にいちいち(あーあそこか! ハイハイ)と頷く気持ちになり、物語世界の地図や距離感覚がよく分かって、また違う感覚で楽しめますね。

 ドラマでも小説でも、東京の地名はよく耳にするから、新宿とか赤坂とか六本木とか渋谷とか、知ってはいるし、その場所の雰囲気も分かるつもりになって読んでるけど、距離感まではぱっと分からないもんね。

 婚活詐欺と言えば、で誰もが思い出す名前もそのまんま出てきて、こういうところも(あーそう。それな)と、押して欲しいツボをピタリと押してくれる感じで、作者のサービス精神を感じる。




 まあでもね、実際こういうケースってありそうで怖い。ワーファリンを胃薬と交換とかさあ、そんなの発覚する方が難しいんじゃないか?

 騙されてたとしてもいいや、くらいに思ってるのなら、あの世に行く前の束の間のロマンスと割り切って、大金と引き換えにするのもアリなのかもしれないけど、遺された家族はたまったもんじゃないと思うから、やっぱりこういう女には気をつけた方がいいと思います、ハイ。




 ということで、「後妻業」読み物としては楽しめる上質なエンタメ作品でした。

 映画も面白かった。機会があればこちらも感想を書きます。

OL三昧の優雅な休日

 さてこの連休、私が「充実していた」と評する理由のNo.1は、「おっさんずラブ」三昧だったことです。

 1話の頭から見始めて、4話のバックハグでハートを鷲掴みにされ、5話のキラキラデートを慈母の微笑みで見守り、6話のラストで両方の気持ちにシンクロして本気で涙し、7話のフラッシュモブを(まあでもこれはないわー)とドン引きしながら鑑賞して、美しいラストでまた涙、そして笑顔。

 からのー、劇場版を2回観まして、頭の中も胸の中も「おっさんずラブ」で満杯という、実に贅沢な休日でございました。

 満足。




 で、もちろん合間に他のテレビ番組もつらつらと見るんですが、にしてもまあ、ここ最近の座長は露出が激しいですね。テレビをつけたら大抵出ている。どの局の番組にもいる。

 「アンサング・シンデレラ」で血を吐いて倒れたかと思ったら、日を置かず「キワどい2人」初回で拉致監禁されてて、なんじゃこのハードスケジュールは、と魂消ながら見てたんだけど、番組の合間に映るCMでは環奈ちゃんと「摩擦レス~♪」とか歌ってるし、番宣もしてるし、忙しいにも程があるんじゃなかろうか。

 と言ってるうちに、次のドラマのCMも始まったよ。ていうかCM増えてない? でゴチの収録もしてるわけやろ?



 …………




 つか、座長、寝てます?

 分身してるの??

 やっぱり4人いるのか???




 あ、こないだの金スマも見ました。皆さん、ご覧になりましたか?

 印象に残ったのが、「元気で可愛らしい役柄が多いが、根っから明るいわけではないので自分自身との間にギャップがある」というところ。

 だろうな、と納得する部分ではあった。共演者とのエピソードで、はるたんみが強いな、と思わせてくれる面もあるけれども、もちろんあれは田中圭が役者として計算して生み出したキャラクターだ。ご本人の地頭のよさを考えても、はるたんとはかなりギャップがあるだろうことは当然推測の範囲ではある。

 なんだけど、この部分、何か心に残って、繰り返し反芻しては考えていた。



 田中圭はもちろん、今最も「うまい」と実力が評価されている役者の一人だ。気弱なスケベ男、優柔不断な不倫男、インテリヤクザ中二病が治っていない青年テロリスト、どんな役が来てもこなしてしまう。どの役も「らしく」見える。

 けれども、役者ってやっぱり、背の高さとか顔とか表情とか、変えようのない「外見」も要素として大きいじゃないですか。

 「一番似合う役」というのが、あるんじゃないかと思ったんですよね。金スマ見てて。

 外見だけじゃなく、声の高さと質、話し方のクセもそうだ。持って生まれた肉体的な特徴が大きく関わってくる職業だと思う。

 菜々緒はタイトなスカートとピンヒールで悪女を演じて欲しいし、阿部サダヲには素っ頓狂で憎めないキャラが合う。

 で、何がその人に一番似合うかは、意外と自分で分かっていなかったりするものだ。パーソナルカラーみたいに。自分では絶対に選ばない色やデザインが、実はその人を最大限に引き立てるものだったりもする。

 そんなことを考え合わせると、はるたんという陽のキャラクターは、田中圭という役者の持つ資質によって、あそこまでキラキラと輝く存在になったのだなあ、と思う。

 そしてまた、春田創一という役柄によって、世間が田中圭の魅力に気づくことになったのだ。




 このところ、ずーっとテレビをつければ座長が出ている田中圭祭で、色んな表情の田中圭を見ることが出来たわけだけど、その後に「おっさんずラブ」を見ると、やっぱりはるたんの田中圭は一際魅力的だなあ、と思わされたのでした。




 

 

 まあそんなこんなで、中身のみちっと詰まった連休を過ごすことが出来たという話。

 しばらくはこの蓄えで元気に働けそうです。

映えない朔飯2

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 雑穀ごはん
 高野豆腐ととろろ昆布の味噌汁
 カボチャのバター醤油ソテー
 胡瓜の青じそ和え
 玉ねぎと豚肉のソース炒め
 新玉のカレーピクルス
 蛸のペペロンチーノ


 相変わらずインスタ向きではない、映えない晩ごはん。
 地味だけど美味しいんだよ。。


 玉ねぎのカレーピクルスは本当に美味しい。大人も子供も好きな味じゃないかな。
 新玉のフレッシュさが日持ちするのも嬉しい。


 一足飛びに秋が来ましたね。
 美味しいもの食べて明日も頑張ろう。

今年初めて美容院へ行ってきた話。

 こんばんは。今宵も閲覧いただきありがとうございます。

 この連休、皆さま如何お過ごしでしたでしょうか。

 私はですね、インドアかアウトドアかという二択にするまでもなく超がつくインドア派、休みの日と言えば大体ヒキコモリで、出るとしても食糧の調達に出るかランニングに出かけるかくらいで、それすらややもすれば(まあ今度でいっか)と後回しにするタイプ。コロナの前から自主的に自粛していたくらいで、連休となると外に一歩も出なくても平気、という、「アクティブ」とか「有意義」とかいうキラキラした言葉には背を向けて生きている種族なのでございます。

 でありますが、この連休中はなかなか、有意義に過ごせたのではないかと、密かに自負する次第であります。

 

 

 まず初日、表題の通り、今年初めて美容院へ行ってきました。

 まあそろそろね、セルフケアが限界かなとは思っていた。髪の毛の伸びるのはいいんですよ。私の場合、問題は天パであることは以前も書いた通り。

 天パというやつ、実に厄介で、朝どんなにスタイリング剤とドライヤーとアイロンでまっすぐに伸ばそうと、その日の湿度次第で、

「むむっ巻きたくなってきた。巻こう!」

 と本来のクセに戻ろうとする。

 でね、くるんと巻くならまだいいんですよ。毛先はおさまるから。こないだは、「巻きたい」髪の毛と、朝施したアイロンとのせめぎ合いで、

「裾から起き上がる」

という暴挙に出た。

 ショートボブの、左側の下のへんだけ、「あ、どうも、こんちは」みたいにぐぐっと起き上がってきた。なんて言うんだろうな、床にうつぶせになって背筋の力で上体をそらす筋トレ、ありますやん? あんなイメージ。

 だから朝から真面目に働いてるのに

「あれっ昼寝して寝癖ついた?」

みたいになる。「シェーざます」のイヤミみたい。(イヤミは前も例に出したけど本当にあんな感じになる)

 これがまあ実に、モチベーションを下げること甚だしい。手で押さえたところでまったくの無駄と分かっていながら、つい気になって押さえちゃうんだけど、そんなことしたところで、テキはますます元気よく「あーどうもこんちはー!」くらいの勢いにハネあがるのであった。

 ちゃんと思惑通り夜までもつこともあるけど、だから日々髪型が博打なんですよね。。。

 そして日本の夏の湿気というものは、天パの勝率を7割以下、大気と前線の通過具合によっては3割くらいにまで下げてしまうのだ。

 

 

 私の方も、何とか勝率を上げようと、人生で初めてヘアアイロンを導入し、普段は使わないヘアスプレーやらワックスやらを駆使して、天パと戦ってきたんですけどね。

 この戦い、毎朝20分くらいかかるから、やはり段々とウンザリしてくる。

 20分かけて確実にテキを抑え込めるならまだしも、勝率が8割ないんじゃね。。

 

 

 というわけで、ついに(美容院へ行こう!)という決心を固めたのでした。

 

 

 去年の年末以来だから、9カ月ぶりの美容院だ。

 若干不安だったが、コロナ対策はしっかりされていて、その点は安心した。お客さんもスタイリストも全員マスク着用。施術中はマスクを顔にテープで止める。スタイリストさんはその上にフェイスシールドもしていて、不自由そうではあるんだけど、施術が短時間ではないから、そのくらい感染対策をしてちょうどいいんだと思う。

 

 

 で、ストレートにして、カラーリング(白髪染めな)とカットで、ようやく「見慣れた自分」が戻ってきた。

 外見もまあアレなんだけど、これでしばらくは朝の闘いをしなくて済むと思うと、そっちの方で肩の荷が下りた。これなら乾かせばOKだもんね。やれやれ。

 

 

 あ、そうそう、久しぶりにお願いした担当さんが、

「え、自分で切ってたんですか? そうは見えないです!」

と真顔で褒めてくれた。笑

 くせ毛だから誤魔化せていたと思っていたけど、アイロンで伸ばした後も、

「ちゃんと後ろ段入ってますよー。前下がりの感じも再現出来てます」

と鏡で見せてくれて、本当にちゃんとなってました。イェーイ。

「普通の人はここまで切れないと思います」

と言ってくれたけど、普通の人は多分セルフで切ろうとまず思わないし、切ったとしても3時間ちまちま鋏入れて何度も調整するヒマや、そこら辺に髪の毛が飛び散っても大丈夫な環境がまずないだろうから、やりたくても無理だということだと思う。

・物好き・ヒマ・そこそこ器用、の3つがたまたま揃ってたから成せたワザですね。

 

 

 さすが、プロに任せた仕上がりは綺麗で、満足でした。

 次からどうしようかな。人にやってもらうとお金はかかる分楽ちんで早くて確実だ。自分でやると、手間でしんどいけど、お金が本当にかからない。その点は確か。

 まあ、こうして選択の余地が出来たことはよかったと思います。

 自粛生活がもたらしたプラスのおまけ。

 

 

 あ、そんで、心身共に疲れも癒されたので、こうしてつるつる文章が出てくるようになりました。

 またどしどし更新したいと思います。

お題:もしも牧が春田秘蔵のセクシー本を見つけたら

 以前、コメント欄でいただいたお題の小説を書いたので載せます。

 掌編です。

 

www.pixiv.net

 

 牧+女2人の手の平で転がされるはるたん。

 時期や季節の設定は極めてふわっとしております。

 セクシー本のタイトルを考えるのが楽しかったです。

 ご笑納くださいませ。

ユーモア感覚のすすめ アルフォンス・デーケン氏逝去に寄せて

 先日の新聞に、「アルフォンス・デーケン氏逝去」のニュースが載っていた。

 その名前を見て、懐かしく昔を思い出した。

 よく知っているわけではない。イエズス会の司祭とか、哲学者とか、そういうプロフィールは今回初めて知ったくらいだ。

 でも、私にとっては少しだけ特別な人だった。




 小さい時から本が好きで、小学校に上がる頃には、週末の図書館通いを楽しみにしている子供だった。

 だから新学年になったとき、国語と道徳の教科書は真っ先に読んだ。まだ出逢ったことのないお話を知るのが楽しかった。

 アルフォンス・デーケンという名前も、教科書で知った名前だ。確か中学生のときだったと思う。

「ユーモア感覚のすすめ」

というタイトルの、そのエッセイが、とても心に残るものだったのだ。



「ユーモアとは、『にも関わらず』笑うこと」

 だというのが、その文章の主旨だった。

 人にとって、笑いは大事だ。笑うとハッピーになる。落ち込んだ気持ちも前向きにしてくれる。

 ただし、毎日暮らしていると、楽しいことばかりではない。とてもじゃないが笑ってなどいられない、という状況もまま起きる。

 家族間で深刻な対立が起こったとき。何か外から圧迫されるような(借金とか)危機が家庭を襲ったとき。病気で長期にわたって入院治療が必要なとき。

 それでも、笑うのだ。いや、だからこそ笑うのだ。

 



 自分の力ではどうしようもないとき、

「あーもうどうすりゃええねん!!」

と、頭を抱えたくなる。何もかも投げ出したくなる。

 そんなときは、落ち込んでいてもしょうがない。どうしようもないものは、どうしようもないのだ。

 それならそれで、いったん脇に置いて、考えるのをやめる。

 で、自分のことを責めるのもやめる。

(こりゃもうどうにもならんわ)

(私のせいじゃない)

(まあ、なんとかなる)

 どれでもいい。自分の心を楽にしてくれる言葉を呟いてみる。

 すると、肩から力がすっと抜ける。切羽詰まっていた心に、ちょっとだけ余裕が出来る。

 余裕が出来ると、周りを見回すことも出来るのだ。追い込まれると、自分の状況を俯瞰で見たり、逆の立場から眺めてみたりしたくなりますよね。

 不思議なもので、そういうのって、結構笑えるんだな。

(あーこれ傍から見てたら可笑しいだろうな…)

で、ホントに自分自身可笑しくなって、声に出して笑ったりする。

 笑うと、

「ま、いっか! なんとかなる!」

と、元気が出るのだ。




 私もこれまで数限りない失敗を人生においてしてきたけれど、過ぎてしまえば大概笑い話なのだった。

 大学1年生のとき、自分で高速バスのチケットを取って帰省したんだけど、あれ、昔は大変だったんですよね。売り場に電話をかけて、早口のオペレーターとやり取りして希望の日時を押さえて、売り場までわざわざ買いに出かけなければならなかった。

 で、買って、当日高速バスの乗り場まで行くわけですが、高速バスの乗り場って分かりにくいんですよね! 大抵駅とか、主要なバス停からちょっと離れたところにあって、まだ車を運転したこともなく、道路の状況も分かっていない子供には難しいミッションだった。

 大学の寮から大荷物を抱えて出発し、バスと電車を乗り継いでやっと到着して、その間にも何度もチケットを持っているかを確認して、そわそわとバスを待つじゃないですか。

 ところが、待てど暮らせど来ない。17:00のバスは大概17:10くらいまで遅れてくるから、そのうち来るさ……と思ってみても、来ない。

(あれ、道路混んでるのかな…)

 来るバス来るバス全部別方面へ行くバス。30分を過ぎ、40分を過ぎたところで、さすがに(おかしい)と思った。

 バス停に立っている時刻表で時刻を確認する。

「17:00のバス……あれ、ない……」

(ま さ か)

 チケットを出して見る。まさか、まさかと思ううちから(絶対にそうだ)という暗い確信が生まれて、チケットを取り出す手が震える。

 チケットに記載された時刻は16:00だった。

(1時間間違えとる…!!)

 そう、私がウキウキとバス乗り場に到着したときには、既にチケットのバスはとっくに出発した後だったのだ。

 バスのチケットを取るための労苦や、ここまで重たい荷物を抱えてやってきたエネルギーや、色んなことが走馬灯のように浮かんで、

(そんなぁ~~…)

と、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 薄暗い中、何とか見間違いであってくれ…と祈るような気持ちで穴が開くほど見つめたチケットが、わくわくと震えていたのを、今でも鮮やかに覚えている。

 いやー、あんな絶望感もそうそうなかったね。




 ところが座り込んでしばらく経つと、

(座っててもどうしようもない)

と気づくわけですよ。周りはどんどん暗くなってくる。早く判断しないと、今日どこで寝るのかも分からない。じーっとしてたって、誰かがなんとかしてくれるということもない。今のこの状況を何とかするのは自分の力のみ。

(ていうか今のこの状況、マンガみたいだな…)

と思った。大荷物を抱えた女の子が、バスが来るたびに首を長くして、ガッカリ…を繰り返した挙句、慌てふためいた様子でチケットを取り出して、しばらく固まった後へなへなと崩れ落ちたんだから、傍で誰か見ていたら、多分手に取るように事情が分かっただろう。

 絶望を通り越して、なんか可笑しくなって笑っちゃったのも覚えている。

 で、ここから先は私はあまり記憶にないんだけど、母によると、

「バスの時間間違えていて乗り過ごした。新幹線で帰る」

と電話してきて、その日のうちになんとか実家にたどり着いたそうだ。

「まあ、大失敗だったけど、自分でちゃんとなんとかしたのはエライ。大した根性だと思って感心した」

と言っていた。

 実家大好きなので、休みに入ると同時に弾丸のように帰省していたから、その日帰らないという選択肢がなかったんでしょうね。

 あの辺鄙なバス乗り場から、地下鉄で移動して、新幹線と特急電車を乗り継いで故郷まで行ったらしい。

 まあこういう経験を繰り返して、人は逞しくなっていくんですな。




 人生で何か危機が訪れるたび、

「とりあえずいったん脇に置く」

 それから

「俯瞰で見てみる」

 そして

「笑いに換える」

 というのが、これまでの私の処世術だった。

 この根底に、

「ユーモアとは『にも関わらず』笑うこと」

という、デーケンさんの言葉があって、本当にいつも、脳裏に刻み込まれていた。

 



 私は、アルフォンス・デーケンという人に会ったことはないし、向こうも私を知らない。

 けれども、中学生のときに教科書で出逢った彼の言葉が、私のその後の人生の支えとなってくれたのは間違いない。

 誰かが発した言葉が、こうして、誰かに届いて、その人の人生を変えることもある。

 言葉にはそういう力がある。




 氏の訃報を見て、以上のようなことを思ったのでした。

 氏が亡くなっても、私は彼のことも、彼の言葉も忘れない。

 そして私からも発信したくなったので、この記事を書くことにしました。



 謹んでご冥福をお祈り致します。

 あなたの言葉はこれからも忘れずに生きていきます。



 私の言葉も、誰かに届いて、ほんの少しでもその人を照らす光になれたらいいなあと思う。

近況と心境

 文章がヘタになったような気がする。

 もともと大してうまくもないが、文章を書くのが好きで、(こういう内容を書こう)と思ったときに、困ったことはあまりない。

 書き出しに迷うことはあっても、書き始めてしばらくすると脳内に浮かぶ言葉が秩序を持って整列し、勝手にリズムを作って流れ出すのが常だった。興が乗ると勢いが強くなり、「迸る」と言った方がいいスピードになった。

 キーボードで文章を打つ時代でよかった。いかな速筆でも、脳内で考えるスピードで文章を綴るには、手書きでは追いつかなかっただろう。だから昔の文筆家は腱鞘炎が職業病だったのだ。

 詩人が詩を、ラッパーがラップのリリックを思いつくときもこうであろうかと思いながら、私は私のリズムで、これまで溜め込んできた無数の言葉を選んで、文章を作ってきた。

 

 

 書こうと思っているネタはたくさんある。第99代内閣のこと、ここ数カ月で見た映画のこと、テレビ番組のこと、読んだ本の感想。

 止まったままの「おっさんずラブ」レビューはもちろんだ。先に進めたい。早く4話や5話のレビューを書きたい。

 ところが今、書こうとすると、ぶつ、ぶつ、と途中で止まる。

 書きたい内容は頭にあるから、無理矢理書くことが出来なくはないが、リズムを伴わずに書いていると、絶対に続かない。書いても、読み返して面白い文章にならない。

 

 

 酒を飲むと太りやすくなる。体内に入ったアルコールを「異物」と認識した肝臓が、アルコールの代謝を優先し、脂肪の分解を後回しにするからだ。

 ストレス値の高い生活をしていると、人のエネルギーはまず、ストレスから受けたダメージを補修するのに使われるのではなかろうか。「いそがしい」という漢字に「心を亡くす」を当てた昔の人はエライ。言い得て妙とはこのことだ、と、忙しさに目が回りそうな日々に振り回されているときいつも思う。

 あーもうイヤー!!という葛藤と爆発が、長文魔になるエネルギーに繋がることもあるんですけどね。

 

 

 ともかくも今そんな状態で、何か書こうとしては、数行書いて消去する、のを繰り返しています。

 浮かんだと思った文章も、形にしようとすると指先からさらさらと零れ落ちるような、そんな感覚。

 こりゃーちょいと重篤だな……と思ったんで、リハビリがてら、こんな駄文を書いております。

 プロの書き手でもないし、たかだか個人のブログで「スランプ」みたいなこと書くの、ダサいし、カッコ悪いし、出来ればしたくなかったんだけど、まあ、こういうこともある、ということで。

 

 

 さてと、実はここまでが枕で、ここから書きたい本題があったのだった。

 アルフォンス・デーケン氏逝去のニュースを新聞で読んで、それについて書きたかった。

 けれども、ここから先、どう書いても筆が……いや、キーボードを打つ指が止まる。出逢いが30数年前のことだから、情報量が多すぎて、まだ頭の中でまとまらないらしい。

 というわけで、続きはまた後日。

 

 

 しばらく「おっさんずラブ」と関係ない記事が続くかも、です。