おっさんずラブが好き!

ドラマ「おっさんずラブ」の細かすぎるレビューブログ。OLの深い沼にハマって当分正気に戻れません。ほぼおっさんずラブの話題しかないかもしれない。ネタはバレまくりなのでご注意を。

久々更新と春の訪れ

 こんばんは。今宵も閲覧いただきありがとうございます。



 大変お久しぶりです。このブログ、ほったらかしにして2カ月くらい経つような気がしていましたが、意外とそうでもなかった。まだ半月くらいでした。

 更新が滞っているのにも関わらず、覗いてくださっている方々に感謝します。

 

 

 さてと、長かった冬も終わり、随分暖かくなってきましたね。

 前から公言している通り、私は真冬のキンッと冷えた空気が好きなんですが、一方で「冷え」というものは女性の身体にとっては大敵で。

 術後、ドクターにも「身体を冷やすのはNG」と言われていました。

 なので、空気がぬるんできて、身体がほっとしているのはよく分かります。



 手の痛みは、マシにはなっているんですが、一進一退です。何故かというと、職業柄、手首を使わざるを得ないからです。

 でも、一時のことを思うと、かなり改善はしてますね。痛みMAXのときは本当に、骨を噛まれるような痛みでした。じっとしていても、骨の内側から焙られるような痛みというか。

 婦人科で、塗り薬を処方してもらって、毎日せっせと塗っています。お陰でかなり効いてきました。

 手首を使わず、「休ませる」という対応を取れればいいんですが、なかなかそうもいかんとです。

 しかし、アレですよ。身体のパーツって、普段、「ないもの」であるかのように使ってません? 

 だけど、痛みが生じると、途端に「普通に出来るはず」の行為が出来なくなる。

 手を洗っても、その後水を切るために「振る」のが出来ない。

 洗濯しても、洗濯ものをパンパン!とはたく作業が出来ない。

 鍵穴に鍵を差し込んで回すのも地味に負担だ。

 不自由になって初めて、(ああ、なくてはならないパーツだったのだな)と思う。



 私はまだ、手首で済んでるけど、この先膝や腰、足に何かしらのトラブルが出てくるかもしれない。

 予測して、備えておかねばならんな、と思ったことでした。




 共有した方がいいと思ったことは、随時記事にして更新していこうと思います。

 よろしくです。

K・N・K 2

 手が痛い。

 両方の手首が痛み出して随分になる。



 手の調子は、昨年から悪かった。

 最初は、事故による怪我の影響だった。私が損傷したのは右の肋。右をかばっているうち、左手の親指がばね指になった。

 肋が治っても、ばね指は痛い。そのうち、「右手人差し指の第二関節」というピンポイントの部位が腫れ、非常な痛みを伴う症状が現れた。

 検索すると、「ブシャール結節」という病名が出てきた。

 40代の、更年期の女性によくあらわれる症状だそうな。

 原因は不明だが、女性ホルモンの変化による影響だと思われる、とあった。




 そこから、手に関して様々な症状に襲われた。

 ばね指は、半年ほどして改善した。指の関節の痛みは、間欠泉のように、あらわれては消え、断続的に私を苦しめた。

 で、今だ。

 手首が痛い。関節の外側に痛みがある。

 ちょっと手の甲を持ちあげて手首をそらす動作が一番こたえる。そう、たとえばパソコンのキーボードを操作して文章を打ち込む動作。あるいは、マウスを使ってクリックする動作。これが非常にこたえる。

 ブログの更新が滞っていた主な理由はそれでした。




 だけど多分、それだけじゃない。

 手首を固定して、あまりそらさないようにすれば、こうして文章を打ち込むこと自体は別に不可能じゃない。

 物理的な理由よりも、心理的な理由の方が大きいかもしれない。

 ここのところずっと、「感じたことを文章に起こす」という作業が、億劫になっている。

 その作業に、喜びを感じない。



 5歳で日記を書き始めて以来、私はずっと、ものを書いてきた。

 書かないときはなかった。

 本を読んで感動しても、映画を見ても、旅行に行っても、新しい職場に飛び込んでも、私は常に、思いを言葉にして書き綴ってきた。

 書くことは、私にとって呼吸するのと同じように自然な作業だったし、メンタルの安定にも必要なことだった。



 それが今、(別に書くこともないや)という心境になっている。

 日々、様々なことを思う。人間だから当たり前だ。

 ただ、それを、特に(文章にしたい)という意欲が沸かない。まして、発信したいと思えない。

 私ごときが考えることなんて、世界中で100万人は考えているだろう、と思う。

 じゃあ、別に、私が私として発信する価値なんかないよな、と思ってしまう。




 多分これは、更年期の症状なんだと思う。

 生理の症状に悩まされてきた身としては、閉経を待ち望んできた。願いどおり、45を過ぎて間もなく閉経を迎えた。

 閉経したらしたで、今度は更年期に悩まされることになったのは、既に書いてきた通り。「更年期は病気のデパート」と言われる通り、私も様々な症状に襲われることとなった。

 



 でもね、アレですよ。

 手は痛いけど、他は大したことないというか。本体は元気。イライラするとか、落ち込むとか、そういうメンタルの症状はない。

 メンタルや、自律神経がやられたら本当にしんどいと思うので、怖いんだけど、今のところそれは大丈夫っぽい。




 そうこうしているうち、ロシアによるウクライナ侵攻が始まった。

 これはかなりなショックだった。

 毎日、自分の日々の仕事をこなすので必死だ。ニュースくらい、ストレスなく見たいのに、そうはいかなくなってしまった。

 これについてはまた稿を改めて書きます……と言いたいところだけど、今のところそうするつもりだけど、分からない。

 時間と体力と気力に余裕があったら、改めて書きます。

 

 

 今年は他に、身近で人の生死に関わる事件が立て続けに起こった。

 私がまさに当事者だった件もある。そのストレスはしばらく引きずった。

 こんな状況だと、さすがにのんきなブログの文章を書いてもいられない。




 というわけで、なかなかブログの更新が出来ませんが、私は元気です。

 皆さまもどうか、心身安寧に、ご安全に過ごされていますように。

巨大子宮筋腫全摘手術&入院レポ⑥手術

【手術当日】



 朝6:00に起床。二度寝して、6:30頃やってきた看護師さんに起こされた。

 手術の朝は、朝一で浣腸される。これが、事前にビビっていた項目なんだけど、いざそのときが来れば、手術前の当然の手順として受け入れる気持ちになる。どうせこの先俎板の上の鯉になるのだ。

 その後少し時間を置いて、トイレに行く。出たけどちょっぴり。

 歯磨きと洗顔を済ませて待機。

 気分は良好だった。昨夜の9時から何も食べていないが、空腹が辛いということもない。お腹の中に何もないと、スッキリして爽快だ。

 7:00、最後の水を飲む。この後しばらくは何も口に出来ないので、心して飲む。

 手の甲に痛み止めのシールを貼る。弾性ソックスをはき、術着に着替える。術着の下はパンツだけ。

 そのまま歩いて手術室へ。

 てっきり、ストレッチャーに乗せられてガラガラ…かと思っていた。あれ、緊急のときだけなんですね。自分で歩いていくんだ。

 病院では何度も何度も名前を呼ばれる。

 部屋に到着して、

「お名前教えてください」

「小谷朔です」

「ハイ」

 手術室に入る前、

「お名前教えてください」

「小谷朔です」

「ハイ」

 このくだりが何回もある。過去の不幸な取り違え事件を繰り返すまいという医療現場の配慮であろう。

 手術室に歩いて入り、中央の手術台にも自分で上がる。上にライトがあって、(おおー、テレビで見てるやつ…!)てなる。

 台の上に横たわった後、横向きになって背中を丸める。話に聞いていた硬膜外麻酔だ。針が刺さるのは、さほど痛くなかったが、麻酔が入ってくる感覚が何とも言えずイヤな感じだった。

 その後、仰向けになり、酸素マスクをつけられる。

「眠くなるお薬入れますね~」

「ハイ」

と返事をして、そこで意識が途絶えた。





「朔さん! 手術、予定通り無事に終わりましたよ!」

と呼びかけられて目が覚めた。

「とっても順調でした! 予定よりちょっと早いくらい」

(ああ、そうなんだ)

 さっきまでスヤスヤ寝ていたと思えないくらい、一発で覚醒した。

(よかった、麻酔ちゃんと効いたんだ。ホントに寝てる間に終わっちゃった)

 今の日本の医療技術と、かかっている病院のドクターを信頼していたので、手術自体は全然怖くなかった。私が怖かったのは、稀に起こるという「術中覚醒」だけだったが、それは起こらなかったようだと分かって、非常に嬉しかった。

 すぐさま、お腹をさすってみる。ぽこんと膨れ上がっていたふくらみは消えていた。

(お腹がぺったんこになってる!)

 これがまず嬉しかった。巨大な腫瘍は私の身体から出ていった。もうあの重さを感じなくて済む。

「筋腫、やっぱり大きかったわ。2kgもあったよ!」

と言われて、驚愕する。

 2kgて。一人産んだくらいの重さやないか。

 そこからは、ガラガラ…で病室へ行く。乗せられてる方だから分からなかったけど、多分あれはベッドだな。自分の身体にともかくいーっぱい管がついているのが分かる。それと、お腹の傷が痛んだ。当然だけど。

 手術が終わって、病室に帰ってきたときの私は、背中に麻酔の管を入れられ、左手首には点滴の針を刺し、尿道カテーテルにおむつ、両足に血栓予防のための装置をつけられているという姿だった。

 意識ははっきりとあったので、すぐさまラインで、身内や友達に

「手術無事終わりました」

の報告メッセージを送った。

「おお! おめでとう! よかったね!」

という返信がすぽんっとすぐに来たときは嬉しかった。

 一人、

「え、子宮筋腫の手術って、下半身だけ部分麻酔なの?」

と聞いてきた友達がいて、これは多分、メッセージが予想外に早く来たからだろう。

(そんなわけあるかーい!)

とツッコみたかったのと、可笑しくて笑いたいんだけど、術後すぐで、笑ったら地獄を見るので、笑わないようにするのが大変だった。



 全身あっちゃこっちゃになんだかんだつけられて、絶対寝たきりかと言えば、そんなことはないのだった。

 術後3時間くらいで、チェックに異常がなければ、

「起き上がっていいですよ」

となる。

 腹筋は使えないので、ベッドの柵に掴まって、手の力で起き上がる。

 ただ、それでも痛いことは痛いのと、1日は絶食でごはんも運ばれてこないし、尿道カテーテルがつけられていてトイレにも行かないので、実際はほとんど寝ていた。

 夜の巡回で、

「朔さん、オナラ出ました?」

と聞かれる。

「出ました!」

と答えると、看護師さんがぱっと笑顔になって、

「よかったですね! 腸が順調に動いているようなので、これからはお水を飲んでもいいですよ」

と言ってくれた。

 人によってはなかなかガスが出ず、お水の許可が出ないと聞いていたので、これは安心した。

 で、この

 

・術後すぐで満足に動けない状態で、どうやって水を飲むか

 

 が思案のしどころで、事前に予習したYouTubeの動画でも、お水関連のグッズが色々紹介されていた。

 そのうちの一つが、「ペットボトルにストローを差して寝ながらでも飲める」というもので、入院する前の日に100均に行って買っておいた。病院の売店でも売っていたけどね。

 ベッドの柵にS字フックをつけ、ペットボトルを入れた小さな袋をそのフックにかけて、手が届く距離に配置してあったので、それを取ってすぐに飲んだ。

 しばらくはお水の手配もままならないので、500mlの水のペットボトルを2本買って、病室の冷蔵庫に準備しておきました。




 ちなみに、婦人科病棟では

「お通じありました?」

とか

「オナラ出ましたか?」

とか頻繁に聞かれる。手術する部位が腸の傍なので、腸が活発に動いているかどうかが重要なんだろう。

 大事なことなので、素直に答える。他の人のも聞くことになるが、1日も経てば慣れっこになってしまう。

「〇〇さん、お通じどうでしたか?」

「あ、あったんですけどー、昨日は固くて小石みたいなのがコロコロ出てたのが、今日はなんかびしゃびしゃで…」

と、大きな声で詳細な報告をしている人もいて、全然知りたくもない他人の排泄状況をつぶさに知ってしまうことにもなるんだけど、日常の一部と化して、聞いてもどうっちゅうことなくなるのだった。

 排便と排尿は、記入する表も貰うので、正の字で回数を正確につけてました。




 手術当日は、看護師さんがともかく頻回にやってきた。1時間おきくらいかな? 血圧と熱、傷の具合をチェック。午後も、ずーっと夜中までそうだった。

 背中に麻酔が入っているので、何もないとすぐ、とろとろ寝てしまう。

 看護師さんのチェックで起こされて、

「お名前いいですか」

「…小谷朔です…」

「ハイ」

のくだりでちょっと覚醒するんだけど、終わるとやっぱり睡魔が襲ってきて、ほとんど寝ていた。

 起きているときはスマホをいじっていた。スマホ、便利。これのお陰で、入院生活退屈せずに済んだ。

(音楽でも聴くかな)

と、アマプラでミュージックかけてみたけど、椎名林檎宮本浩次の「獣ゆく細道」は、ズンズン響くサウンドが傷に響いて、

(こりゃいかん)

てなって、すぐやめた。

 で、結局そのまま寝た。

おっさんずラブ第四話⑧ 春田創一の目撃

 春田は、いつから牧のことを好きだったのか。



 

 第一話で恋に落ちる牧に対して、春田の気持ちはドラマの前半で明示されない。誰に対しても優しくて、否定せず受け入れる春田、その分優柔不断で、日和見主義的な性格でもある。そしてニブい。

 思いを告げ、

「一緒に住むなんて無理です」

と言う牧を、

「俺にはお前が必要なんだよ!」

と引き留め、その後もなんだかんだ牧と一緒に住んでいる春田。

 で、多分、毎日牧の手作り弁当を食べているわけだから、(えーそれもう好きじゃん絶対)と、見る方は思ってしまうけど(笑)、そう一筋縄ではいかないのが春田という男だ。

 もう一つ「何か」が起きないと、春田にとって牧はいつまで経っても「同居している友達」のままだっただろうと思う。




 ということで投下されたのが、

 

「武川主任と牧の密かな手繋ぎ」

 

 事件だ。



 これは「事件」と呼ぶにふさわしかった。放送当時、ツイッター

「なななななんだあれは!?!?」

てなって、リアルタイムで視聴している民の間にぶわっと動揺の波が広がったのをよく覚えている。

 だってねえ、単なる「手繋ぎ」なんてレベルじゃないですよねアレ。指と指としっかり絡ませて、ぎゅっと握っている。

 そんで、繋ぎっぱなしじゃないの。指をずらしてこう、なんちゅーか「味わってる」よね。武川さん。

 落とした箸を拾おうとして、うっかり見ちゃった春田が

 

(……え?)

 

 てなって、がばっとテーブルの上を確認しちゃう気持は超分かる。そりゃそうだ。誰と誰の手だ??てなるわ。

 ところが、そこには、なんか熱弁をふるう武川さんと、横でうんうんとうなずきながら傾聴している牧の姿があるだけだ。社内の飲み会の席として、おかしなところは何もない風景。

 

(ええ??)

 

 混乱した春田、再びテーブル下をのぞく。

 間違いじゃなかった。しっかりと握り合わされているのは、間違いなく武川主任と牧の手だった。

 一度離して、上から握り直して、牧の手を離さない武川さん。握り方がエロいのよ。大人の男なのよ。

 一時、沼民の間で

 

「手ックス」

 

 と呼ばれていたけど、命名した人、ナイスネーミングセンスだと思います!




 さてこのとき、武川さんは一体どういうつもりだったのか。

 話の順番としては、まだここでは牧と武川さんが昔つきあっていたことは明かされていないから、ネタバレになるんだけど、まあもう放送から4年も経ってるのでそこはいいとしよう。

 武川さんの胸中。そりゃもう「焼けぼっくいに火」をつける気満々でしょう。



「焼けぼっくい(木杭)に火をつける」:一度燃えている棒杭は、生木に比べて火がつきやすいことから、過去に関係があった間柄はよりを戻しやすいことを指す。



 これですよ。

 2人の間に何があったか知らんが、どうやら嫌いで別れたのではないらしい。武川さんにしてみれば、未練たっぷりの相手がたまたま自分の部署に異動してきたわけだもんね。

 そら、牧が隣に座れば、手を握りますわね。

 なんなら、上司の職権を利用して

「ちょっと隣に座れよ」

くらいは言うたかもしれん。うむ。



 そんで、この時の牧は、なんかとろんとして、武川さんの話に耳を傾けている。

 酒が入った酔いのせいなのか、畳についた手を武川さんに委ねて、されるがままなのがちょっとエロい。



 こんなところを見ちゃったもんだから、春田、



(嘘だろォ!?)

 

 内心の叫びとともに思わず後ずさって、背中をどん!と棚に打ちつけてしまう。

 完全に「NOOoo…」の顔になるのも分かる。

 そしてこの動揺を、春田は珍しく引きずるのだ。

 

 

 家に帰る道すがら、自分の目で見た光景が信じられなくて、何度も考えてしまう。

 顔を洗っても、蛇口から水が流れっ放し。テレビをつけようとしてエアコンのリモコンを何度も操作してしまう始末。

 そんな自分が、自分でもよく分からない。

 

(なんか俺、すごい動揺してんだけど……)



 うんうん、そうだろう。

 こういう経験が少なそう(失礼!)な上、普段から自分の心の中のモヤモヤを言語化するのが得意ではなさそうな春田だ。

 僭越ながら、このときの春田の脳内で繰り広げられていたであろう一人妄想会議を代わりに文字起こしすると、きっとこういうことになるだろうと思われる。



(なんで武川さんと牧が手ェ繋いでたんだ…?)

 

(見間違い…? いやいやいや、見間違いじゃない。武川さんの手が、牧の手を握ってた。それは確か)

 

(え、オレが知らないだけで、実はすげー仲のいい先輩後輩だったとか……? …いや、ただの先輩後輩の仲であんな握り方しないだろ。絶対)

 

(ていうかー、牧はオレのこと好きなんじゃなかったっけ? 『好きだ』つってキスされたの、気のせい? 夢??)

 

(ていうかー、武川さんもオレのこと好きなんじゃねぇの? だから牧にヤキモチ焼いて、きつく当たってたんじゃなかったの……??)



 とまあこんな感じで、ぐーるぐーる考えを巡らしていたんじゃないかね。

 で、



(あっ……つまり武川さんはオレじゃなくて、牧だったってこと…!?)



 というモノローグに繋がるわけだ。



 そう、春田の予想通り。武川さんは春田じゃなくて牧だった、そこまでは正解。

 が、



(ええー!? …ていうか、牧も、オレじゃないの…?)



(え、勘違い? 春田、勘違い…!?)

 

 のくだりで、

「なんでやねーん!!」

と盛大にツッコんだ民の皆さまもきっと多かったに違いない。




「好きだ」って言われてシャワーチューしたろうが!

 公園で「普通には戻れません」つっておでこにキスもされたろうが!!

 今朝だって牧の作った朝飯食っただろうが!!!



 何言うとんじゃ春田! ボケ!!!💢




 ……コホン、取り乱しました、スミマセン。

 気を取り直して。




 まあ、アレだ。「オレ、モテてる!」と舞い上がってた気持ちはあったんだろうね、きっと。

 それが、武川さんのことが勘違いとなると、舞い上がってた気持ちが急にすとーんと地に落ちた感じになって、

(好かれてたっていうの、全部オレの思い込みだった!?)

と180℃引っ繰り返っちゃったのかもね。

 これまでモテない人生を歩んできた男の思考回路として、それは分かる。

 

(勘違い? ……春田、勘違い!?)

 

 と、恥じ入る気持ちね。

 テレビ画面のこちら側から、牧のせつない気持を追っかけて応援している身からすると、

(いやいやいやあの告白をなかったことにしてやるなよ春田……)

と、諭したくなるけれども。



 折も折、当の相手である牧が

「話があるんですけど」

とやってきても、穴があったら入りたい気持ちの春田、すぐには対処出来ない。

「あ…明日でもいい…?」

と蚊の鳴くような声で答えて、

「なんでもー…」

と牧をイラっとさせる。そらそうだ、だってソファに寝転がってるだけなのに。笑

「じゃあ、明日ね!」

強く言った牧が去った後も、春田は胸をかきむしり、

 

(なんだ? なんで胸がざわついてんだオレッ……)

 

と見悶える。



 

 武蔵のやりすぎな日報のメッセージが牧に火をつけたように、マサムネのドエロい手ックスが刺激となって、春田をここまで悶々とさせるに至ったわけだ。

 つまり、武川さんも、2人のキューピッドの役割を果たしているのは間違いない。

 マサムネ本人に言ったらさぞかし渋い顔をするだろうけれども。笑

オートミールでいこう!

 皆さんこんばんは。今宵も閲覧いただきありがとうございます。


 ところで、突然ですが、オートミール、食べてますか?


 私は食べてます。
 超食べてると言ってもいいかもしれない。


 いやもう、慣れたらこれほど便利な食材はないですね…!
 だって、ふやかしてレンチンでごはんの代わりになるんだよ。それもたったの1分半。
 それで糖質もカロリーも低くて、食物繊維たっぷりのダイエット食材ときた。
 キャベツと混ぜればお好み焼き。
 ドライイースト混ぜてレンチンすれば蒸しパン。
 リゾットにもチャーハンにもパンケーキにもなる。
 万能…!!


 小麦粉の代わりに使える上、卵やバターがなくてもクッキーが出来ちゃったりするので、おやつにも重宝してます。
 最近ハマってるのがオートミールグラノーラ

 フルーツグラノーラ、結構好きなんだけど、糖質やカロリーのことを考えると、なかなか手が出ない。
 YouTubeで手作りグラノーラの動画を見つけて、真似っこして作ってみたら、これがまあ簡単で美味しい。

 テフロンのフライパンでオートミールを乾煎りして、

 刻んだナッツ&ドライフルーツを加えて、ひたすら煎る。途中で蜂蜜とシナモン、バニラオイルも投入。
 15分ほどもフライパンがさがさ振ってたら出来てしまう。


 自然な甘さで、香ばしくて、めっちゃ美味しいの。
 ちょこちょこつまんで食べてる。これでチョコレートバー作っても美味しそう。
 栄養価も高く、食べても罪悪感がない。
 グラノーラはもう買わないな。


 こないだロールドオーツと卵白で作ったざくざくクッキーも美味しかった。
 オートミール、おすすめです。

27年目の117

 少し日は経ちましたが、先日、1月17日は阪神淡路大震災の日でした。



 

 私は、18で実家を出てからずっと関西に暮らしていて、震災の当時もよく覚えているけど、大阪在住だったので、「震災を経験した」とは言えるかもしれないけど「震災の当事者だった」とは言えない。

「隣で起こった災害」というのが、実感に近いかもしれない。

 すぐ隣で、大変なことが起こってしまった。酷い目に遭っている人がたくさんいる。

 ただ当時は、その「隣」がめちゃくちゃ遠かった。道路は毎日大渋滞していたし、電車も止まっていた。今みたいに、スマホでどこの情報もすぐキャッチできるという時代でもなかった。

 毎日毎日、流れてくるニュースに気をもんでいた。決して他人事ではなかった。

 でもやっぱり、私は安全な場所にいて、暖房のきいた温かい部屋で、テレビで見ているに過ぎなかった。




 最近になって、何故だか、YouTubeで当時の映像をひたすら見る……という作業をしている。

「何故だか」と書いたけど、理由は明らかで、私が今このすぐそばにいるからだ。

 あの日、早朝つけたテレビ画面に映っていて仰天した、「倒壊した高速道路」の図。

 勤め先が、まさにこの場所の近くにある。




 この映像にも、知っている場所が出てくる。

 今の同じ場所を知っていると、重ね合わせてしまって(うわー……当時こんな有様だったのか……)と、食い入るように画面を見てしまう。

 

www.youtube.com





 この映像、あまり編集の手が加えられていない。感動をあおるBGMもないし、スタジオでコメントする識者もいない。

 ただひたすら、当時どうだったかという取材の映像が流れ続ける。

 倒れた道路のすぐ脇を、出勤の車が走っていく。大地震の翌日から、復旧作業が粛々と進められる。その作業員たちも皆被災者だろうと思われる。

 日常と非日常が隣り合わせで、並行して進んでいく。




 映像から伝わってくるのは、地震という現象が引き起こす、圧倒的な「事実」の数々だ。

 我々は普段、編集し、綺麗にまとめられた映像を見ている。何を見ても、すぐに意味づけをしようとしてしまう。

 大地震で横倒しになった高速道路。都市部に人口が密集することのリスク。建物や鉄道施設の耐震性。地震大国日本に住む意味。

 だっていつもそのように編集されたテレビ番組を見ているから。

 だけど、地震というのは地殻の変動であって、自然現象にすぎない。

 そこに人間の思惑なんか一切関係ない、入り込む余地のないことが、この記録映像を見るとよく分かる。




 自然災害は、いつだって人の予想を遥かに超える規模で起こる。

 予想すること自体、恐らく意味がないのだ。この地球という天体の活動が、何千年、何万年というスパンで起こるのに対して、我々人類の知恵なんかせいぜい数百年の蓄積でしかないのだから。

「災害」という言葉自体、ちょっとアレだよね。住んでいる人間にとっては災いで害だけど、地球からすれば、ちょっと身震いした程度のことであって。




 じゃあ私たちに何が出来るのか、と言えば、やはり、

「こういうことがあった」

と覚えておくしかないだろうと思う。

 このとき、兵庫県がこんな地震に見舞われることを、予想した人はほぼいなかった。関西のこの辺といえば地震が少ないことで有名なくらいだった。

 で、この震災後、30年と経たないうちにもっと大規模な地震災害が起こることを予想した人も、いなかったんじゃなかろうか。

 我々は未だ地震を予知する能力を持たない。過去のデータから予測を立てても、大体裏切られる。

 おまけに忘れっぽい。「喉元過ぎれば…」じゃないけど、時間が経つと、酷かった記憶も薄れてしまう。

 それはいいことでもあるんだけど、自分の子供や孫の世代に、悲しい思いをさせたくないのであれば、受け継いでいかないといけない記憶もある。




 それが、こうして「映像」という何より説得力を持つ証拠として残されているのは、そしてそれを誰でも、いつでも見られるというのは、今という時代の強みだなあ、と思います。



 そんなことを考えていたら、九州で地震が発生した。

 大分に住んでいる知人によると、揺れたけど家具は固定してあったので家の中は大丈夫だった、とのこと。

 やっぱり防災って超大事。

 トンガの海底火山の噴火もあったしね。




 今年も防災に気をつけようと思います。

 皆さまもどうかご安全に。

『千と千尋の神隠し』感想:10歳の少女の「現実」と「理想」が詰まった作品

 休養中、アホほどテレビ見ながら、(昆虫大好きやらんな~…)と思っていたことは既に述べたが、実はもう一つ、

(『冬もジブリ!』て日テレが言わんな~…)

とも思っていた。

 これも、年が明けたとたんにジブリ祭りが始まりましたね。

 というわけで、今更過ぎますが、感想書いていきたいと思います。



 この多様性の時代、老若男女すべての世代が愛するものってあんまりないと思うんだけど、ジブリ宮崎駿監督作品は、その数少ない対象に該当するだろう。

 

【一番好きなジブリ作品は何?】

 

 という質問は、10代から70代、ヘタすると80代でもいけるんじゃないですかね。

千と千尋の神隠し」は、全世代で人気の高い作品だ。

 私も好き。一番じゃないけど。ていうか順番つけられんけど。

 公開当時見に行ったことも覚えている。冒頭のバケモノの町の場面、ぎゃん泣きしてた子供がいたなー。

 うちに、「千と千尋」のロマンアルバムがあるんだけど、この作品が初めてじゃないかな? 観た後の感動がさめやらず、その足で書店に行って資料を入手したの。

 舞台裏を知ると、色んな場面で(あーここはあの人がこう言ってた…)てなって、より一層楽しめますよね。



千と千尋」の一番の特徴は、宮崎監督が10歳の女の子を主人公にして、10歳の女の子に向けて作った、という点だ。とは言え、「これから10歳になるあなたへ かつて10歳だったあなたへ」というキャプションがあるので、全年代向けではあるのだけど。

 だから千尋は、これまでのジブリヒロインと違って、美少女じゃない。なんなら、冒頭はかなりぶちゃむくれてる。

「普通の10歳の少女」を描こう、と目指して作品を作ったのは確かなんだけど、宮崎監督が思うところの「普通の10歳の少女」と、他の人(特に作画監督の安藤雅史氏)が思うところのそれとは、かなり違っていた。

 アニメーション作品の中にどこまで「リアリティ」を求めるか、というのは難しい線引きで、例えば私が一番好きなジブリ作品はもう問答無用で「風の谷のナウシカ」なんだけど、ナウシカというキャラクターは宮崎監督が持つ「少女」の理想をぎゅっと煮詰めたような性質で、リアルかと言われれば全然リアルではない。「未来少年コナン」も「カリオストロの城」のルパンもそうだけど、宮崎監督の作品は「こういう動きをしたら面白い!」という理想を優先して描かれていて、それはしばしば現実から遠く離れた人物の動きとなってあらわれる。

 それが宮崎作品の特長でもあって、実際「コナン」も「カリオストロ」も「ナウシカ」も、めちゃくちゃ面白く仕上がって、沢山の人にいつまでも愛される作品になった。

 そういう、「いかにも宮崎アニメのキャラがやりそうな動き」じゃなくて、もっとリアルな人間の生々しい動きというのを、安藤監督はやりたかったのだそうな。

千と千尋」の前半、主人公である千尋がどんくさく、優柔不断で、動きもあんまり運動神経がよさげなタイプでもないのはそういう理由だろう。

 この、「宮崎駿監督作品」なんだけど、従来の「宮崎アニメ」ではない、という部分で、現場のアニメーターさんたちは相当苦労されたようです。




 安藤さんと同じく、作画監督を務めた高坂希太郎氏の曰く、

「ハクを助けるために千尋が雨どいのパイプを走り抜けるシーンで、千尋のキャラががらっと違った感じがする」

 と。

 言われてみれば確かにその通りで、あの場面、千尋は非常に凛々しい姿を見せる。湯屋に来たばかりの頃、釜爺のところにいくのに、崩れかけた外階段を降りることが出来ず、座り込んで恐々足を伸ばしていた少女と同一人物とは思えない。

 紐をきゅっ!とたすきがけしたところから、スイッチが入れ替わったみたいに、千尋が躊躇いを見せることはなくなっていく。

 苦しんで暴れる瀕死のハクに苦ダンゴを食べさせたり、本性を剥き出しにして凶暴になったカオナシを相手に一歩も引かず対峙したり。

「お前にどんくさいって言ったの、取り消すぞー!」

というリンの激励に、振り向かず手を振って答える後ろ姿には、貫禄すら漂っていて、迷い込んできたときのおどおどした少女とはまるで別人だ。




 この作品、後半、特に終盤は、落ち着いて見てみるとかなりとっちらかっている。ハクの腹の中から出てきた黒い虫が結局何だったのか、あのハンコを持っていても千尋が無事だったのは何故か、最後の最後に千尋が突然

「掟のことはハクから聞きました」

ていうけど、それまで一度も言及されていなかった「掟」とは…?という疑問も最後まで解消されない。多分、時間がなくて回収しきれなかったんだろう。

 その割に、見終わった後モヤモヤが解消されない不完全燃焼感はない。

 むしろ、見るたびに(あーやっぱり面白いわー)てなって、心から満足感を得られる。




 それにはやはり、後半の千尋が、ジブリ映画のヒロインらしく、凛々しい活躍を見せてくれるからだと思う。

 壊れそうな雨どいをたーっと駆け抜ける場面は、(あ、あ、あ…っ)とハラハラしながら見て、千尋が成功するからこそ(はーっ…)と安心し、カタルシスを得られる。

 ジブリと言えばなんといっても飛行シーンだけど、ハクと二人、夜空を飛んでいく場面は本当に美しい。

 



 現場のアニメーターの方々には、自分が描きたいものと、「宮崎アニメ」の呪縛との間で様々な葛藤があったようだけれども、そのお陰で、前半の「リアルな10歳の女の子」、後半の「成長した、理想に近づいた10歳の女の子」の両方が見られる作品になっている、と私は思う。

 なので結局、(お得なんじゃないのかな…)と思いながら、変わっていく千尋の姿を楽しんで見ている。




 宮崎監督の作品には、現実の物理法則を無視した動きが満載だ。千尋がハクにもらったおにぎりを食べながら流す涙だって、大粒すぎる。

(こんなん、ありえへんやろ…)

と、作画するアニメーターさんたちが感じる気持ちも、分かると言えば分かる。

 ただ、やっぱりそういう場面て、印象に残るんですよね。

サマーウォーズ」でも「きみの名は。」でも、ヒロインがありえないほど大粒の涙を流して泣く場面が見られて、(あ、この路線を踏襲したんだな…)と思いながら見ていた。

魔女の宅急便」で、デッキブラシにまたがったキキの魔力の高まりと共に、周りで風が起こってキキの服もぶわっと風をはらむところとか、宮崎監督特有の「風の動きを伴う感情表現」、私は好きなんだけどなあ。

 観るだけの側と作る側って、違うものなんですね。当たり前だけど。




 それにしても、海の表現が美しい作品ですよね。

 海原電鉄で、海の中を走る電車の場面、とても好き。

 ああいう電車が現実にあったら、乗ってみたいなあ。