夜の天空不動産営業部。
1人残った牧が、一点を見つめて考え込んでいる。
スマホが鳴って慌てて確認するも、それは待ち望んでいたメールではなく、単なるスパム。
まあこのタイミングで、「三億円受け取ってもらえませんか?」とか言われてもね。スマホを投げつけなかった牧くん、エライ。
この後、スマホ画面を触って何か操作してるけど、シナリオブックを見ると、自分が送ったメッセージに既読がついているかどうかを確認していたんですね。でも未読のまま。
思わずため息をついたとき、バタバタと足音がして、舞香さんが駆け込んでくる。
「あら、牧くん! まだいたの?」
そそくさとスマホを内ポケットにしまいこむ牧。
「どうしたんですか?」
「スマホの充電器忘れちゃって! 歳取るとダメね~、すぐ色んなところに忘れちゃう」
デスクにあったペンを取って、今まで仕事していた風を装いながら、
「まだお仕事?」
「…ああ、こんな時間か。そろそろ帰ります」
不自然でなく、帰り支度を始めようとするも、舞香ねえさんにはお見通しだった。
「ちょっと、何!? 暗い顔しちゃって! もしかして、恋の悩み?」
「グイグイ来るなあ…」
「だって今、誰かの返信待ってたでしょ」
ズバリと言い当てられてしまう。
「やだ、何、本社の子?」
追及の手を緩めない舞香さんに向かって、
「いや、その…」
と一瞬言いよどんだものの、
「――好きになっちゃいけない人を、好きになってしまったって言うか…」
ぽろりと本音をこぼしてしまう牧。
人を好きになることは素晴らしいことだけど、好きという感情は厄介だ。これほど自分の思い通りにならない感情もない。
この人を好きにならない方がいい、好きになっちゃいけないと思っても、いや思えば思うほど、恋はどんどん育っていく。
そんな思いを持て余している時期だったのかな、このときの牧くん。
事情を何にも知らない人に、閉じ込めていた想いをつい吐露してしまう気持ち、痛いほどよく分かる。
「好きになっちゃいけない人」と聞いて、
「不倫!?」
と反応する舞香さん。
「いや、違います」
「不倫、ダメ! 絶対!!」
「だから、そんなんじゃないんですけど……最初から可能性のない恋ってあるじゃないですか」
うん、それな。ゲイがノンケに惚れて辛いのは、そこんところよ。
だから多分、春田を好きにならないよう、セーブしてたと思うんだよね。
でも、好きになってしまった。
ちなみに、
「そうね。私は全部それ」
という舞香さんの自分語り、牧くんも聞いちゃいねえなと思ってたけど、中の人も「無視です」と言ってて笑いました。
「なのに――止められない自分が、イヤになるって言うか…」
そう言いながら、牧は笑みを浮かべる。
自分の悩みを人に話すとき、笑いにまぶそうとする人は多い。そんなに大したことではないよ、笑える話でしょ、と相手に重さを背負わせまいとする気遣いと、自分に言い聞かせるはたらきと、両方だと思う。
でも、牧の大きな眼は、心を映して伏せられがちだ。
聞いていた舞香の脳裏に、今日武川さんと受けた春田の相談の内容がよぎる。
「今まで意識してなかった相手から、突然キスされて」
「男同士なんですよ」
(チーン!!)と、繋がったわけですね。舞香さん。
「チーン!」て実際口で言っちゃうところがアレだけど。
「じゃあ、お疲れ様です」
帰ろうとする牧を「牧くん」と呼び止める。
「好きになっちゃいけない人なんて、いないんじゃないかしら」
うん、そうね。ホント、そうだと思う。
誰かを好きになること、そのこと自体は、何も咎められるものではない。
それにね、誰かを心から好きになれるって、人生でそう何度も起こるイベントじゃないからね。人を好きになる気持ち、大事にした方がいいと思うし、存分に味わったらいい、というのは、人生〇十年生きてきて思えることですね。若いときには分からないことだけど。
舞香さん、いいこと言うぜ。
しかし、
「押してうまくいかないなら、引けばいいじゃない」
このアドバイスの辺から、若干雲行きが怪しくなってますね。笑
「そうですね…はい。ありがとうございます」
礼儀正しい牧くん、そつなく返してるけど、このアドバイスを一体どう受け取ったのか。 牧が去ったあとの
「なーんつってw」
というセルフツッコミ、イイですね!
牧の言う「好きになっちゃいけない相手」が春田だとアタリをつけた舞香さん、同性相手であっても、好きになったっていいじゃない!と言ってあげたくなった気持ちは本当だと思う。
でも、「押してうまくいかないなら…」と激励の台詞を言ったあと、
(わー、なんかいっちょ前に恋愛のアドバイスしちゃってるあたし! この年で独身のくせに!)
と可笑しくなったんじゃないかな、と推察する。
(大体、ちょこっと聞いただけで、牧くんの相手が本当に春田くんかどうかも分かんないしね!)
てなって、
「なーんつってw」
になったのではないかな、と。
親切だけどテキトーなおばちゃん感が出てて、イイと思います。
牧くんのせつなさがひしひしと伝わる2話、おっさんずラブの各話の中でも好きな回です。一番よく見返してるかも。
なんかね、恋の始まりの、がーっとボルテージがあがっていく感じとか、抑えようとして抑えきれない想いがこぼれてしまうところとか、牧くんに共感してときめくポイントがいっぱいあるんですよね。
もちろん、どの回もそれぞれ見どころがあって、一番は選べないんですけどもね。