この場面の肝はここからだ。
蝶子さんからの宣戦布告にビビる春田に、「本気じゃないと思いますよ」とアドバイスしてあげる牧くん。
でもそれだけでなく、
「まあ、ただ…」
と付け足さずにはいられなかった。
「春田さんも部長に対して、曖昧な態度を取ってるのがよくないんです」
すぱっと言ってのける牧。
これはもう、ずっと言いたかったことなんじゃないだろうか。部長と春田のやり取りを見ていて。
この指摘、春田にとっては心外だった。
「曖昧? オレはっきりしてるよ気持ちは。ブレてねぇもん」
そうね、確かに。部長に対して気がある素振りとか、焦らしたりとか、そういうことは春田は一切していない。
春田の中では「曖昧な態度」を取っているつもりは微塵もないのだな。
でも、
「それを、部長にちゃんと、伝えました?」
と続けて言われると、春田は返す言葉に困ってしまう。
「つきあう意思はない、恋愛対象としてまずない、って、部長にちゃんと言いました?」
「いや、それは……」
勢いよく反論しようとして、春田の声は尻すぼみになる。言ってないからね。
春田には色々言い分があるだろう。相手は上司、きっぱりと断る=波風を立てることに他ならない。部下の立場としては言いにくいですわね。
しかし、こと恋愛に関しては、牧の言う通り。曖昧はよくない。
先の展望が見込めないのなら、早めに事実を告げなければならない。
それが相手のためでもある。
牧と春田の二人が台詞を応酬するこの場面、ダイニングテーブルを挟んで、二人の位置が対称にある。
視聴者として見る我々は、引いた位置から二人のどちらも同じ距離で感じているんだけど、牧がこの台詞を言う場面で、カメラは牧のバストアップを寄って捉える。その視点の変化とこの台詞とで、視聴者はぐっと牧の心情に引き寄せられることになる。
なぜなら、
「恋愛対象としてまずない」
のが、牧も同じだからだ。
春田はロリの巨乳が好きなどストレートの男であって、部長にしても牧にしても、春田の恋の相手にはならない。
牧のこの台詞に、
「俺は春田さんを好きだけど、春田さんが俺を好きになることはないって、ちゃんと分かってます」
という彼の内心の苦衷が滲み出ているように感じてしまう。
だから、
「はっきり言わないことは、…優しさでも何でもないですよ」
という台詞が、それはもうぐっと来るというか、
(ああッ牧くん! くぅ~切ねぇ……)
と、一瞬にして胸をかきむしられる思いに捕らわれる。
そうなんですよ。テンポよく進んでいくストーリーに気を取られて、うっかり忘れがちだけど、ここでの牧くんはまさに
「告白したもののはっきり断られてない」
という、言わば生殺し状態なわけで。
て言うか、春田が忘れてるんだろうね。春田にすれば、
「ごちゃごちゃ面倒なことは抜きにして、せっかく楽しいんだし、友達として同居生活を続けたい」
というのが本音で、今のところその通りの状態だもんね。
ごはんもお弁当も作ってくれて、家事もやってくれて、仕事の相談も出来てさ、めちゃくちゃ快適な生活を送れているわけだ。牧くんのお陰で。
「告白を保留にしている」という部分は都合よく忘れてそう。忘れてはいなくても、なんとなーくうやむやにして、(ま、いいか)と思ってそう。
第四話までの春田は、概ね人に対して素直で正直だけど、そういう繊細な心の襞まで汲み取って気を配る……という細やかさには欠けているキャラとして描かれている。
林遣都演じる牧凌太は、自分の気持を抑えがちで、我が我がと主張するキャラではない。
春田とひと悶着あって気まずくても、平気なフリで朝ごはんも作るし、お弁当も作ってしまう。
春田と会社の先輩後輩として接している場面では、恋心なんか全然出さないんだよね。
それが、こういう場面ではふっと牧の心の揺らぎが立ち現れる。
林遣都の演技がうまいなあと思うのは、本当にまったく、わざとらしさがないところだ。
「はっきり言わないことは、」
とここまでは、対黒澤部長のアドバイスとして強めに言っていたのに、ふと視線を落として、
「……優しさでもなんでもないですよ」
この言い方ね。牧くんの、いつものぶっきらぼうな言い方のようでいて、ごくわずかに、「恋している相手の恋愛対象でない」ことの哀しみというか、「相手が超絶鈍感男で実質生殺し状態」である苦い気持ちとか、そんなようなものが感じ取れる台詞回しだと、私は思う。
だけど、すぐ体勢を立て直すんだよね。
春田よりも先に夕食を終えて、すっと立ち上がって食器を運ぼうとする。
それはもう、普段の冷静な牧の姿で。
何か言いたいけど言い返せない春田が、悔し紛れに箸でちょっかいを出して、牧の茶碗をちょりんちょりんと鳴らす(行儀悪いね)大人げのなさと対称的だ。
しかしこの、牧の抑えた気持ちが現れる場面がほんの一瞬であればあるほど、見ている方としては
(あっ……)
と息を飲む思いになって、牧の気持ちに同化し、切なさに見悶えしたくなってしまう。
さっさと食器をシンクへ運ぶ牧の背中を見つめる春田。
困ったように口をへの字にして、でも何も言えない。
その表情も、何とも言えず愛嬌があるんだけども、この時の春田の中では多分、既に牧に対する気持ちが段々と変わってきている時期だと思う。
だけど、それを春田自身が自覚するには、もう少し時間が必要なのだった。
あ、そうそう、遣都君、ご結婚おめでとうございます!
役者同士、お互いの仕事を理解し合えるよいパートナーとなれれば心強いですよね。
私生活も充実され、今後ますますのご活躍、心よりお祈り申し上げます。