「何かを一緒に食べる」というのは、人にとって、日常的なようで、ちょっと特別な行為でもある。
だから、名作と呼ばれる様々な映画やドラマやアニメで、食事のシーンが描かれる。日常の一コマのはずなのに、視聴した私たちの記憶に強く印象づけられる。
「天空の城ラピュタ」でパズーとシータが目玉焼きとパンを分けっこして食べる場面。「ハウルの動く城」で、ベーコンと卵焼きと紅茶の朝食をみんなで食べる場面。
「きのう何食べた?」は、シロさんとケンジの日々の食卓が舞台だ。
自分以外の人のことを考えて、誰かが用意した食事を、「いただきます」と言って、一緒に食べる。
「同じ釜の飯を食う」という言い回しがあるように、その行為には、特別な絆を生む何かがあるような気がする。
「おっさんずラブ」でも、春田家のダイニングで春田と牧が食事をとる場面が何度か現れる。
視聴者にとっては、春田のためにご飯を作る牧の愛情が一発で伝わる場面なんだけど、食卓を挟んだ二人の会話によって、関係性が変化していくのを観察できる場面でもある。
第4話の、蝶子さんの突撃に困った春田が牧に相談するくだり、私は好きで、何度見ても飽きない。
せっかく牧が用意した食卓を二人で囲んでいるのに、春田は何やら物思わしげ。箸が進まない様子を見て、牧が
「濃かったですか。味つけ」
と声をかける。
「いやいや、あの、美味い…です」
と答えて、おかずをかきこむ春田。
このやり取りがもうね。何年も一緒に過ごした夫婦のようで、同居によって二人の心の距離が近づいていることを感じさせる。
春田の曇り顔の原因が晩ごはんでないことは、牧にはお見通しだった。
「……破壊神のことですか」
(…!)
と顔を上げた春田、みるみる困り顔になって、
「そうじゃん…」
と呟く。
この時の春田、自分の身辺を巡るあれやこれやが脳内に渦巻いて、ぐるぐるしてたんでしょうね。黒澤部長の妻・蝶子さんからの挑戦状も、もちろんそのうちの大きな一つだ。
悩み事のタネを「アナタ、これでお悩みですね」と指摘してもらえたら、そのまますがりたくなるのが人情というもの。
「なあ、あれ、訴えるってさあ。民事ってことかな。刑事じゃないよな」
聞いてくれる牧くんに、相談の体勢を取るのは分かる。分かるが春田、その質問はなんぼ何でもアホすぎんか?
刑事裁判とは犯罪を犯した人が裁かれることで、警察が逮捕し、検察が起訴することでスタートする。なんで一介のサラリーマンの痴情のもつれに国家権力が介入するんじゃ。アホも休み休み言いんしゃい。
…と、知性派の牧くんなら立て板に水でツッコんでもおかしくないところだが、ここでは牧、春田の勘違いをただすことなく、
「あれは奥さん、本気じゃないと思いますよ」
と、春田の心配事を取り除いてあげる言葉を発する。優しいね!
「え…マジ?」
「え、だって、実際つきあってるわけじゃないですよね」
そう、例えば本当に蝶子さんが夫の不貞を訴えたとしても、その相手が春田で、人倫に悖る行為があった、と証明されなければならぬ。
実際は、部長が長年秘めてきた思いを春田に告白し、猛アタックを仕掛けているというだけで、春田には何の落ち度もない。
「つきあってないよ。つきあってないじゃん」
この台詞、シナリオブックでは
「つきあってない。つきあってない」
と、同じ言葉を二度繰り返すものなんだけど、ドラマではちょっと違っている。
「つきあってるわけじゃないですよね」
という牧の問いかけを受けて、
「つきあってないよ」
と答えた後、
「つきあってないじゃん!」
とかぶせる。この言い方だと、
(一緒に住んでるんだからお前もよく知ってるだろ!)
という春田の内心が見てとれる。つまり、春田が牧に対して相当距離の近さを感じている台詞になっていて、私はやはり、座長の言葉選びは正解だと思う。
「だったら、訴えられる筋合いなんてないじゃないですか」
牧の台詞は冷静だ。
蝶子さんが怒りのあまり、春田に対してああいう態度に出るのは、心情的に理解は出来るけれども、筋道としては間違っている。
蝶子さんが本当に弁護士に相談したとしても、春田に何か降りかかってくる可能性は非常に低い。
それが分かっているから、牧は冷静なのだ。もしも春田にトラブルが起こりそうなら、牧は火の粉を回避することに全力を注いだに違いない。
落ち着いて考えてみれば慌てることはないのに、度を失っておたおたする春田。
30過ぎたいい歳の男としては、情けないと言えば情けない。だけど、そこがそれ、座長のキャラ造型の巧みさですよ。「なんだコイツ、ダメなやつだなあ」と、下に見る気持ちにはならない。ポンコツだけど、そのポンコツさを愛でたい気持ちになってしまうんだな。
やり過ぎず、あざと過ぎず、絶妙なラインで春田創一という男の憎めなさ、手を差し伸べずにはいられなくなってしまう愛されキャラを、田中圭は体現している。
だから、
「ま、引き金を引いたのは破壊神かもしれないですけど」
と、一言余計なことを言いたくなる牧の気持ち、私には(分かる…!)でしかない。
困っているところに、安心させる言葉を言ってあげる。それだけでなく、こういう、ちょっとイジワルを言う、言わば「なぶってみたくなる」気持ち、分かるなあ。これぞツンデレ。
それに対しても、「何言ってんだよ!」と怒るでもなく、拗ねるでもなく、
「なぁなぁ、その『破壊神』っての、やめてくんない?」
と春田の言い方はあくまでソフト。
可愛いんだよなあ。牧よりずっと年上なのに。
こりゃ、世話焼き体質の牧くんがハマるわけだわ…と、思わずにはいられない。
「結局は、夫婦の問題ですから」
と牧は断じる。
それは本当にそうで、牧の言う通り。黒澤夫妻が今後の夫婦関係をどうするか、それは二人にしか解決できない。春田はいわばとばっちりであって、春田が一人あたふたしたところで、どうなるものでもないのだ。
「え、それ、絶対大丈夫…?」
問い返す春田。年下の牧に頼り切ってますね。この場面の春田の表情、実際の年に似合わず幼いというか、牧に心を預けきっているのがよく分かる。
「物事に絶対はないですけど」
と、牧の答えは相変わらず達観している。元々しっかり者の牧くんだけど、こんな人と一緒にいたら、益々しっかりせざるを得ませんね。
「あの奥さん、何するか分かんないんだもん」
嘆いて、ご飯のお椀を手にしつつ、下を向く春田。第三話の冒頭からずっと、蝶子さんには振り回されっぱなしだったもんね。お一人様用の物件を案内したと思ったら、実は部長の奥さんで、夫の浮気相手の探りを入れられたり、一緒に部長を尾行したり。挙句の果てに部長の想う相手の「はるたん」が自分だとバレ、今度は一方的に誤解されて宣戦布告。
お疲れ様でございます。
さーて、久しぶりのOL語り。絶好調に長くなって参りました。
いったん切ります。
続く!