おっさんずラブ第三話⑨ pierrot or marionette?
「おっさんずラブ」の座長を務める田中圭は、言わずと知れた実力派の職人俳優だ。
与えられた役は何でもこなし、どの役も「らしく」演じ分けるが、座長自身を最も輝かせるのが、「元気で可愛らしいキャラクター」なのではないか、と前の記事で書いた。
もちろんこれは私の主観なので、エロをやらせてこそ田中圭!というファンもいれば、ニヒルなヒール(悪役)の田中圭がたまらん、という人もいるだろう。
ただ、座長のキャラがはるたんという役にピッタリハマり、その魅力に眼を開かれた一般視聴者が多かったからこそ、「おっさんずラブ」という深夜ドラマがあそこまで爆発的にヒットしたのは間違いないところだと思う。
第三話は、はるたんがはるたんらしさを炸裂させている回でもあって、黒澤部長とその妻蝶子の間で、引っ張られるがまま、あっちへフラフラ、こっちへゆらゆら、振り回されておろおろするはるたんがたっぷり楽しめる。
蝶子さんの相手をしながら部長ともやりとりしなければならない、逆に部長のお相手を勤めながら蝶子さんのライン攻撃も交わさなければならない、そんな困りまくったはるたんが右往左往する様の可愛らしさが第三話の見どころと言えると思います。
何やら悩んでいる様子の牧の相談に先輩らしく乗ってあげたかったのに、つれなく「大丈夫です」とかわされて、つまんなさそうな春田。
そこへ、ピロンピロン♪とお知らせ音が響く。
――明日の仕事終わりに、少し宣伝戦略の話をしたい 黒澤――
この辺さ、もうそろそろ(本当に仕事の話か?)と警戒してもよさそうなものだと思うけど、春田はしないんだな。
さして疑うそぶりも見せず、「承知しました」と返信しちゃうんだ。
そしてそれが、春田を振り回すトラブルの発端となるのだった。
天空不動産営業部で、マロにサンドイッチマンの恰好をさせて送り出した春田。
再びお知らせ音が鳴って、スマホを見てみると、今度は蝶子さんからのメッセージ。
――お家のことで相談があります。外で会えないかしら?――
「うわ、奥さまだ……気がおーもーいー……」
天を仰いだあと、がばっと倒れこんじゃう春田。
とそこへ、すかさず牧が
「俺、一緒に行きましょうか」
と申し出る。
このタイミングね!笑 やっぱり牧くん、春田の様子をちゃんと見てるんだね。
つい告白してしまった後も同居を続けていて、だけどこれ以上春田を困らせないために「同居人」の距離を詰めないように努力していて。そういう微妙な状況だけれども、目の前で春田が困っていたら、手を差し伸べずにはいられないんだな。
まあ、でも、牧くんじゃなくてもこの様子を見たら
「え、なになに、どうした? なんか困り事?」
て声をかけたくなりますね。
普段からそうやって周りの母性を刺激しているのかも。
天然印の人タラシ春田創一。
「え? いいの?」
と喜びかけたのも束の間、今度は武川主任が間髪を入れず
「牧ッ!」
と割って入る。
ずかずかずかッとやってきて、
「なんだよこの報告書! 縦開きは右綴じ、横開きは左綴じって決まってるだろう!」
鬼の形相で牧に詰め寄る。
武川さんの剣幕に驚いて肩をすくめた後、その文句を聞いて
(え、そんなこと…?)
みたいに怪訝な表情になってる春田が面白いですね。
いや、武川さん、超細けーわ。それでその勢いで怒る?? ってなって、若干前の職場のクソ上司を思い出した。書類の角が3ミリズレてただけでめちゃくちゃ詰めてきた男ね。
こないだからパワハラ臭が漂う武川さんの言動ですが、これも、牧の挙動を見ていて、春田との仲を邪魔しに出てきたんだとしたら怖いですね!笑
第三話では、黒澤部長と蝶子さんに次いで、この武川主任も春田を振り回しおろおろさせる一員として描かれている。
さて、呼び出しに応じて蝶子さんが指定した店にやってきた春田。
ピンク・パンサーを彷彿とさせるスリリングなBGMが似合う蝶子さん。それをかき消すテケテケテケ……という春田の登場のSEが可愛いですね! マロと同じようにサンドイッチマンを真面目にやってたんだな。休憩時間に抜け出してきたんでしょう。この恰好もなんだか、第三話の春田が演じるピエロのようなマリオネットのような役割に似合っている。
首から下げていた広告を手すりに引っ掛けて、
「どうしました…?」
と話しかける春田、完全に及び腰。
手ぶりで自分の向かいの席に座らせた蝶子さん、
「キミを見込んで、相談したいことがあるの」
と切り出す。
「へ…?」
はぁ…と重いため息をついて、サングラスを外す。
「こんなこと、恥ずかしいから言いたくないんだけど……実は、主人から離婚を切り出されたのよ」
それを聞いた春田の
(知ってますぅ……)
というモノローグと顔!笑
「おっさんずラブ」で座長が披露する春田の変顔、いくつもバリエーションがあるけど、この場面のこの表情、屈指のヘン率じゃないかな?
めちゃくちゃ酸っぱい梅干しを食べちゃったみたいなこの顔、どうやってるんだろう? やってみたけど真似出来ませんでした。
春田のこの顔をなんと思ったか、自分の話を続ける蝶子さん。
「あたしは絶対に他に女がいると思ってるんだけど、頑なに認めないの!」
「はぁ……」
と目を泳がせる春田。
「多分、この前話したハルカって女よ!」
(それ、オレですぅ……)
蝶子さんが話す「ハルカ」は他所の女なんかではなく、自分のことであると、知っていながら話せない春田。
その苦衷は察してあまりあるけれど、さっきよりもさらにしょっぱくなった座長のヘン顔が面白すぎて、何度見ても笑ってしまう。
「今まであたしに嘘なんてついたことなかったのに…」
夫とのこれまでを振り返って、そう述懐する蝶子さん。この辺になると、春田に事情を説明しているというよりは、自分の中を整理して話している感じ。
「だから、主人を変えてしまったハルカのことは、絶対に許せない」
喋りながら火がついてくる蝶子さん。そう、浮気されると女性は心を移したパートナーよりも相手の女に怒りを向けますよね。「絶対に」の辺りから、蝶子さんの瞳にぼうっと火が燃えているのが見えるようだ。「許せない!」と言いながら睨んでいるのは、春田じゃなくて「ハルカ」なんだけど、その「ハルカ」が実は春田だから話はややこしい。
睨まれた春田、メデューサの視線を向けられたみたいに縮みあがる。
「必ずハルカを探し出して、締めてやる!」
「し、し、締め……締めるって…」
自分だとバレたらどんな目に遭わされるのか、想像したくないけどついつい想像してしまっている風の春田。怯えた眼差しが可愛いいや可哀そうですね。
ばん!と蝶子さんが強めにテーブルに置いた手の音で、びくっと首をすくめる春田。
「キミには、ハルカ探しを手伝って欲しいの」
えーと……と無茶ぶりにも程がある依頼に、春田は固まってしまう。
へどもどする春田の様子に構わず、
「協力してくれたらホラ、その物件、契約するから」
と畳みかける蝶子さん。
契約するって気軽に言うけど、契約時には手付金が要る。3950万円の物件なら100万円ほどは必要になるだろう。それを「おたくのおトーフ買うから」みたいに気軽に言ってのける蝶子さん、相当の資産がおありなのね…と、本筋とは関係ないんだけど、本放送時にも思ってました。
蝶子さん、確か旧姓は西園寺でしたよね。ご実家が資産家なのかもしれませんね。なんとなく。
さて、いかに頼まれたらNOと言えない流され侍の春田と言えど、さすがにこの協力は、「ハイ喜んで!」と了承するわけにはいかない。いかないがしかし、一体どうすればこの場をしのげるのか……と完全にキャパオーバーになっているところ、
「お願い!」
と手を合わせられ、逃げ道を見失う。
とそこへさらにピロンピロン♪と着信音が。
「あ、スミマセン!」
天の助けと思ったか春田、蝶子さんに断りを入れてスマホを取り出すも、画面に現れたのは蝶子さんの夫・黒澤部長からのメッセージだった。
――今晩8時、よろしくな。4月の歓迎会で使った居酒屋で待ってるお 黒澤――
追い討ちー!!笑
「どうかした?」
と蝶子さんに問われ、眼を白黒させながら
「分かりました」
と答えてしまう春田。
「ありがとう!!」
と蝶子さんには感謝されるが、仕事に戻る道すがら、
(ハルカ探しに協力…? つか、『オレです』って言うべきかなぁ……あ、いやいや、でもオレ、部長とつきあってるわけじゃないじゃん。…てか、オレが勝手にカミングアウトするわけにもいかないよな…)
ぐるぐる考えた挙句、
「マジで板挟みじゃん……」
泣き声をあげる。
とそこで、ふと背後に気配を感じて振り返る春田。
しかしそこには誰もいない。
トボトボとその場を去る春田の背後から現れる男。
ストーカーのごとく春田を見つめる第三の男は一体誰だ――!?
…っていや、武川さんなんですけどね。
この足元、どう見てもまっしー。
この場面、ぐいぐい詰め寄る蝶子さんと、防戦一方の春田との落差が激しく、「困りまくるはるたん」という主人公の本領発揮で、ともかくも可笑しい。
しょっぱい変顔、ニワトリみたいに傾げられる首、びびって竦みあがったり震えたりする身体の動き、すべてが笑いのツボを刺激してくる。
このユーモラスな可愛らしさが、春田というキャラの最大の魅力だと思う。
座長の変幻自在の表現力と緻密な計算による演技とで、我々はこの後も何度となく笑いの渦に叩き込まれることになるわけですね。
続く!