※追記:内容に誤りがあったため一部修正したものを上げ直しています。
部長がトイレへ行った隙に蝶子さんと合流し、なんとか店を出ることに成功した春田。
「ハルカ」にはドタキャンされたことにして、まだ不満げな蝶子さんを引っ張ってカフェの外へ。
トイレから戻ってきた部長と鉢合わせしそうになり、春田は傍らのソファへダイブ、蝶子さんはウェイターの手からお盆をひったくって顔を隠すという、無謀かつダイナミックなワザで「マルタイ本人に尾行発覚」を無事避けることが出来た。
にしても、お店に入る前もそうだし、こうして至近距離で見ても自分の妻に気づかないって、黒澤部長、ちょっと酷いと思う。
はるたんとの逢瀬にホワ~ンてなってるにしてもさ。
浮かれすぎやで。
そんで、その前の、
「はーるたん♡」
と連呼するくだり、あるじゃないですか。
つきあってもいない相手に「たん」づけで呼ばれるのもアレだけど、ああやって目の前で連呼されるの、私は無理だわ。それまで好意を持って接していた人でも、あんなんされたら嫌いになるわ。
「なんでしょう」
と笑顔を崩さない春田、メンタル強いぞ。
部長を残して蝶子さんと店を出るときも、階段で一度立ち止まり、部長に向かってぺこっとお辞儀してから行ってるし。
優しいね!
にしてもこのミッション、春田にとっては、黒澤夫妻の双方に対して、何かバレやしないかと気が気でなく、緊張の連続であったことと察せられる。
「はぁ~あ~」
家に帰りついたとたん、嘆声をあげてソファに引っ繰り返ってしまうのは無理ないところだ。
やっと寛げる……と思っただろうに、ここでもまた、春田を次の展開が待ち受けるのだった。
靴下を脱いでぽいっと放り投げたら、いつの間にか傍に来ていた牧の身体に当たって落ちた。
「わ、わ、わっ」
驚いて声をあげる春田。
牧の姿がちょうど、ダイニングの明かりを背に、逆光になっている。いやこれ怖いよね。家に帰ってきてこんなんされたら。
牧の異様な雰囲気を察して、
「……何、どしたの」
ビビる春田。
「何余計なことしてくれてるんですか」
牧の声が低い。
「余計なことって? え、なんでキレてんの?」
春田の方は、まったく心当たりがない。
「武川さんに今日、俺がなんか困ってるって言いましたよね」
春田が武川主任に探りを入れた件、牧にも伝わったということだ。
「ああ!」
なんだソレか、とほっとした様子の春田、引っ繰り返っていたソファから身を起こして、
「最近さ、武川さんに絞られてんのかなー?と思って」
「だから?」
ノンキな春田の様子と真逆に、牧の声は硬いままだ。口調も完全に詰問調だけど、それに気づいているのかいないのか、春田はのほほんと続ける。
「だからぁ、いや、オレもね、一応先輩だし、なんか力になれることはないかなー、って思って」
「いやいやいやいや……それでなんでそれを武川さんに言うんですか」
牧の方はもう、苛立ちを隠さない。
はぁーっ……とため息をついて、それでも足りず、舌打ち。
「ホント……マジデリカシー」
ハイ、牧の名言、出ましたー!
怒っている牧、余裕のない牧は名言メーカーだね!
ここではまだ、春田は武川主任が牧の元カレという事実を知らない。
度々武川さんに詰められている牧を心配して、先輩らしい親切から助け舟を出した、くらいな感じで思っていそう。
でも、どうですかね、これ。
元カレだなんだという情報がなかったとしても、牧にすれば、
「上司に仕事の不出来を詰られているところを見られる」
という事態がもう、かなりプライドが傷つく案件だと思うんだ。その内容のいかんに関わらず。
まして、その相手が春田となれば、それを「好きな人に見られてしまう」ということになる。これは辛い。
わんだほうの外で武川さんが怒ってゴミ箱蹴っ飛ばしてたのだって、ホントは春田に見られたくなかっただろうし。
武川さんが仕事でネチネチ絡んでくるのも鬱陶しい上、事情をよく知らない春田が先輩風を吹かせたところで、牧にしたら
(大きなお世話……)
だったかも。
このときの牧の苛立ちは、春田にまったく伝わらない。
春田は気のいい男だが、こういうデリカシーを解する細やかさには欠けるのだ。
「マジデリカシー」
と牧から噴きこぼれた言葉も気に留めることなく、
「いやいやいや、でも、武川さん潔癖みたいなところあるから、あんま気にしすぎない方が……」
と、「慣れない仕事でなんか困っている後輩に手を差し伸べる優しい先輩」のテイでいこうとする。
そりゃあ、牧の神経をさらに逆撫でするよね。
「もう放っといてくださいよ! 俺のことなんか」
牧の語調は強いが、無理もない、と私は思う。
怒られた春田、首をすくめるようにして、
「えぇ……え、なに、オレそんな悪いことした?」
この、心底分かってない感じ、ちょっと可哀そうになる。笑
この牧凌太という男は、第一話から見せている通り、春田のこととなると沸点が異様に低くなるらしい。
春田になんの悪気もなく、客観的に見ればそこまで責められるほどの非はないことも、牧には分かっていたんじゃないか。
でも、止められなかった。
「あーハイハイハイ、そうですね、もういいですマジで。ありがとうございました!」
春田に向かって一方的にまくしたて、牧は部屋を出て行ってしまった。
置いていかれて、ぽかん…となっていた春田。
牧に責められた→怒鳴られた→何に怒ってるのか分かんない。つーか俺悪いの?そんなに?と、理不尽さから怒りのスイッチが入って、
「はぁー!?」
と声をあげるのに数秒かかっているのが、ノンキな春田らしい。
怒ったときに、手近にあるものを取って投げるという代償行為、誰でもやったことがあると思うけど、「ティッシュを投げる」というところがまた、実に春田っぽいと思う。
あれって、投げたときに大きな音と手応えが生じるものの方が、一瞬スッキリするじゃないですか。硬球とかリモコンとか。その代わりに、床とか壁とか投げたものが壊れて、余計腹立たしくなったりするけど。
ティッシュは、投げても手応えなんか全然なくて、怒りの発散には到底ならないんだけど、周りの何を傷つけることもなく、投げられるままにふんわりと舞って、優雅に着地する。
それで余計イラっとして他の物を投げる――なんてことにはならず、長馴染みの店に出かけちゃうのが、春田創一という男だ。
やっぱり、優しいね。春田くんは。
この言い合い、わんだほうでちずも言っていたように、立派な「痴話喧嘩」だと思う。
切っ掛けがなんであれ、喧嘩の動機が「恋という感情」によるものであるなら、それは「痴話喧嘩」にカウントしてOKだと解釈しますが、どうでしょうか。
春田と牧、まだつきあってないけど、痴話喧嘩。
2人の初めての痴話喧嘩と言っていいんじゃないですかね。
そしてこの、牧くんの
「マジデリカシー」
という台詞、この沼では最早お馴染みの慣用句となって、「マジデリ」という略称まで生まれているのが面白い。
私も、(うわー、ないわー……)とドン引きしたときに、(マジデリカシー)てナチュラルに頭に浮かぶ。
「おっさんずラブ大辞典」がもし編まれるのなら、「ま」行に必ず入れるべき言葉ですね。