「コメディエンヌ」と言うと、「喜劇を演じさせるとうまい女優」の意ですっと通じるけれども、「コメディアン」の方は「喜劇俳優」というよりもむしろ「芸人」の意味で使われることが多い。
が、「おっさんずラブ」の田中圭の演技を見ていると、「喜劇を演じる俳優」を意味する本来の意味での「コメディアン」として優れた役者だなあ、と思う。
前々から書いているように、私はコメディが大好きだ。そして、コメディほど難しいものもないと思っている。
天性の勘と感性、鍛え上げられたテクニックの両方がないと、コメディで見る人をお腹の底から笑わせることは出来ない。
その意味で、役者・田中圭に私が「落ちた」のは、第三話のここの場面だったと言えるかもしれない。
「尾行者と一緒につけていったマルタイと会う」
という、どう考えても無理なミッションをなんとか逃れようとジタバタするも、店内に引きずり込まれてしまった春田。
階下に夫の姿を見つけて
「ホラ、やっぱりいた!」
小声で言いながら指をさす蝶子さん。
「ホントだー…」
春田の棒読みと乾いた笑いがおかしいです。
ところでこの店、黒澤部長の呼び出しだと「4月の歓迎会で使った居酒屋」となっているけど、どう見ても「居酒屋」ではない。
シナリオでは「お洒落居酒屋」となっていて、多分「お昼は喫茶、夜はアルコールも飲めるお洒落な店」くらいな感じでロケハンしていて、「お洒落」の要素が勝ってこの店(キリストンカフェ)に決まったんだろうけど、「居酒屋」の要素が抜け落ちちゃってますね。
ドラマを何度も何度も何度も繰り返し舐めるように見ていると、こういう細かな矛盾にも気がついてしまう、と。
まあそんなどうでもいいことは脇に置いといて。
部長の席を背後から見張る位置の席についた蝶子さんと春田。8時を過ぎても部長の相手は現れない。当の春田は蝶子さんと一緒にいるのだから、当然と言えば当然だ。
「ハルカ、遅いわねー…」
「そうっすね…」
事情を知らない蝶子さんに合わせてすっとぼけながら、春田、部長が万が一振り返っても見つからないよう、背を向けて、身を小さくしている。
とそこへ、ピロンピロン♪とメッセージの着信音が。
スマホの画面にはグラサン武蔵のアイコン。
「どこ?」
「もう着いてます」
「大丈夫?」
まではいいとして、
「おーい」
「むさし……しゅん」
のスタンプまでが高速の連打で怖いわ!笑
なんと返したものか、蝶子さんの前で部長に会うわけにはいかないし……と頭を悩ませる春田に、天が救いの手を差し伸べた。
「あたし、ちょっとお手洗い行ってくる」
「! (よっしゃ!)」
とばかり、妙なジェスチャーで胸を叩いた春田、蝶子さんが席を外した隙に、部長に電話をかける。
「あ、もしもし、春田です。あの部長、スミマセン、今日ちょっと行けなくなっちゃって…」
とそこへ、
「春田」
と上から部長の声が降ってくる。
見上げた春田、
「うわぁ!」
とバケモノでも見たような恐怖の声を上げる。
想い人の姿を見つけた部長、
「いるじゃない♡」
と笑顔。
リアクションに窮した春田、とりあえず顔いっぱいに愛想笑いを浮かべ、折った膝を抱え込んで
「…アハハッ☆」
肩をすくめて渾身の体育座りのポーズ。
部長に掴まってしまった春田、仕方なく同席する羽目に。
「中間報告を…と思って」
顔の前で両手を組んで、ビジネスモードの黒澤部長。
「中間報告…」
「妻には、こちらの意向をきちんと伝えるつもりではいるんだが、なかなか機会がなくて……ペンディングの状態だ」
いや、あったやろ。機会なら。蝶子さんに詰め寄られたあのときに「意向」とやらを伝えればよかったやないか。一緒に住んでるんだから、他にもいくらでも機会はあったやろ…と、私の内心のツッコミはこの際置いて、先に進めよう。
黒澤部長、春田に話をするときに、導入部をこうしてビジネスモードで始めるの、計算ずくのテクニックなのかと思っていたけど、そうでもないのかもしれんね。
長く部長と部下として一緒に仕事をしてきた間柄なので、真面目に話をしようとすると、どうしてもこういう口調になっちゃうのかも。
春田の方は、部長の相手をしながらも、席を外している蝶子さんの動向が気になるもんだから、妙な具合に顔を背けて階段の上を確認してしまう。
まだ帰ってこない、とみると、ややホッとして、(いやいや今のはちょっと首のコリをほぐしてたんですよ)と言わんばかりに反対側を向き、
「……承知しました」
と上の空で返す。
すると、黒澤部長の手が伸びてきて、がっとはるたんの手を掴むものだから、
「えっ」
思わずビクつく春田。
「はるたん」
「……」
「会いたくて会いたくて……震えちゃった」
つい今しがたまで被っていた「上司」の顔はどこへやら。溢れ出す部長の恋心、浮き立つBGMでも表現されています。少女漫画ならここで部長のバックに満開の薔薇が咲き誇っていることだろう。
「ぶ、部長……だ、ダメです」
こんなところを蝶子さんに見られたら大変だ。おたつく春田、部長の手を外そうと試みるも、がしっと握られた部長の手は離れない。
それどころか、ますます強く握り込んで、
「ちゃんとするまで待ってって言ったけれども、食事くらいはいいかなと思って…」
とここでがばっ!と両手で春田の手を掴み、
「いいよね!?」
とダメ押し。
手を取られた春田、あわあわと頷きながら、
「ははは…ハイ」
さりげなーくさりげなーく手を上に上げていき、滑らせる形で部長の手を離すことに成功した!
手は離れたけど、はるたんの「ハイ」を「食事を一緒にするのを了承」と受け取った部長、満足げに
「ウフフッ♡」
と笑みを浮かべる。
角を立てないよう、部長の気持ちを傷つけないよう、そしてこの場を荒立てないよう、渾身の愛想笑いで
「アハハッ♪」
と返す春田。
噛み合っているようで、全然噛み合っていない2人の、笑顔100%のやり取りが可笑しくて、何度見ても笑えるシーンとなっている。
さてこの場面、名優二人のコメディアンとしての技が光る名場面だと私は思う。
「上司である部長が、恋する部下に迫る」という設定がそもそも、めちゃくちゃ微妙なラインじゃないですか。
この場面をかなり肯定的に鑑賞している私にしても、「いるじゃない♡」の部長の笑顔、軽いホラーだと思うもん。
だって、いるのに「いない」って言ってドタキャンしようとしてるんだよ。その相手の心情も事情も全然考えないで、「いるじゃない♡(だから予定通り会えるじゃない♡)」ってさ、怖いわ。
その後の、人前もはばからず手を握って
「食事くらいいいかなと思って…」
「いいよね!?」
の畳みかけも、やりようによっては、ドン引きもののパワハラになりかねない。
それを、お茶の間に笑いを巻き起こすコミカルパートに仕上げたのは、鋼太郎さんのきゅるるん♡としたつぶらな瞳もさることながら、ここでもやはり、
「尊敬する部長にぐいぐい来られて困っている」
「困ってるけど部長のことは人として好きだから拒絶まではしていない」
という、座長の絶妙な匙加減だと思う。
あと、受け身キャラではあるけど、ここまでで春田がちょいちょい見せているクズみも、「部長に迫られて困っている」春田を安心して笑える要素のひとつになっているかも。
この後も、蝶子さんとの超速打ちのメッセージのやり取りとか、部長と鉢合わせしかけてとっさに身を隠す2人とか、笑えるシーンが続く。
でも、部長に見つかって「…アハハッ☆」と体育座りする春田と、掴まれた手を滑らせてうまいこと離したあとの「アハハッ♪」が、私の中では抜群に印象に残る。
春田創一というキャラクターを演じる役者は、座長を置いて他にはいないと思うのは、こういうコメディパートで光る演技の故である。
腐っている人にも、そうでない人にも、「おっさんずラブ」というドラマが広く受け入れられることになったのも、座長・田中圭の、アクが強すぎない演技のお陰だと思う。
改めて、座長をキャスティングしてくれた制作陣に感謝せずにはいられない。