おっさんずラブが好き!

ドラマ「おっさんずラブ」の細かすぎるレビューブログ。OLの深い沼にハマって当分正気に戻れません。ほぼおっさんずラブの話題しかないかもしれない。ネタはバレまくりなのでご注意を。

劇場版おっさんずラブ感想(がっつりネタバレ)⑪ 誓い

 炎の中の二人。

「マジかよ…」

呆然と春田がつぶやく。周り中を火を取り囲んでいて、退路が見当たらない。

 春田の背から降りる牧。降りたものの、牧も無言。

 どうすることも出来ず、その場に座り込む春田。

 続いて牧が、春田の隣に座る。

 牧の手を探って、ぎゅっと繋ぐ春田。

 二人の手は、炎の中で、お互いの命綱のようにしっかりと握り合わされたまま、最後まで離れない。



 ここから春田と牧の二人きりの場面が続く。劇場版のクライマックスにして、去年の4月から続いてきた「春田と牧の物語」のクライマックスでもある。

 で、この場面ね……田中圭林遣都、二人の役者の演技が、本当に素晴らしいんですよ。

 ここね、確かに「炎上する廃工場の中に取り残された」という状況は劇的だけど、あとはそれほどドラマチックな場面じゃない。春田と牧がただ画面の中央に並んで座って、台詞を言うだけだ。

 だけど、何度見ても、固唾を飲んで見入ってしまう場面だった。

 もう「演技」じゃない。「春田創一」と「牧凌太」が、田中圭林遣都の身体に「降りている」としか思えない。

 劇場版を見て「心理描写が少ない」と思った方、もし機会があれば、円盤で是非この場面を見直してみて欲しい。

 二人がどれだけ繊細に表情で春田と牧の心を表現しているか。

 そしてこの場面、BGMがないんですよね。あるのは炎の爆ぜるパチパチという音だけ。(だったと思う。記憶違いならごめんなさい)

 ドラマ版、7話のクライマックスシーンを思い出す。無音の長回し。役者の演技を信頼し切っている演出。

 音楽は、物語を盛り上げるのに欠かせない重要な要素のひとつだけど、魂が入った演技は、音楽がなくても直接人の心の琴線を打ち鳴らすのだなあと、そう思います。




「唐揚げってさ…こんな気分なのかな」

と、周りを見回してすっとぼけたことを言う春田。

 でも、そうですよね。絶望的な状況に陥ったときって、(なんかもうどうでもいいや)って言う、自暴自棄ともちょっと違う心境になる。これも平常心バイアスと言うのかどうか。

 絶望的な状況を、ちょっと茶化してみたくなる。

「唐揚げと言うよりは、焼き鳥じゃないですか」

と牧のツッコミもいつもと変わらない。そしてこのツッコミも、同じタイミングで私も思いました。笑

「そっか…」

と納得しかけた春田、

「牧ってさ、すっげー細かいよな」

とツッコミ返す。

「春田さんがザツなだけですよ」

と返した牧に、

「……ダメ?」

と聞く聞き方が可愛い。

 即座に首を横に振る牧。それだけじゃなく、

「ダメじゃないです」

とちゃんと言ってあげる。



 そう、それ!!!

 君たち二人に欠けていたのはそれよ!!! 

 その対話!!!

 …と、初鑑賞のときからここではいつも、膝を打ちたくなる思いでした。



 牧の言う「雑な自分」を認めて、「雑なオレはダメ?」と牧に問いかける春田。

 春田の雑な部分は事実として、ダメだしするだけじゃなくて、

「でもダメじゃない」「そこもひっくるめて好き」

と、言わなきゃ伝わらないと気づいた牧。




 周りでは炎が容赦なくごうごうと音を立てて燃えている。

 極限状態のとき、人はこれまでの人生が走馬灯のように脳裡を一瞬で流れると言うけど、ここでの春田もそうだったのかな。

「あのさあ…オレ、牧とさ…本気で家族になりたかったんだよね」

 絞り出すような声。

 この春田の言葉を聞いて、牧が少しうつむく。この表情、見る人によって解釈が違うだろうけど、私は牧にシンクロして、胸が痛かった。(そんなに、本気で考えてくれていたんだな)と、春田の真剣さがやっと分かったと思うんだよね。

 なのに、どうせ春田のことだから、男同士の現実が分かっていないだろうと、どこかで高をくくっていた自分。

 それは多分、牧自身が、まだ「春田からちゃんと愛されている」自信がなかったせいもあるだろう。

 自信のない人は、傷つかなくて済むように先を読もうとするし、怪我する前に自分の周りにガッチリとガードを張り巡らそうとするからだ。

「結婚て…本気で言ってます?」

と春田に向かって言った言葉、もしかすると牧は何度も反芻して、(言うんじゃなかった)と思ったかもしれない。

 でも春田は、牧が言う意味をちゃんと考えたんだな。

 で、

「オレ、何にも分かってなかった」

と自らを省みる。

「男同士ってそもそも、結婚できないじゃん。法律的にも」

 そう。この国ではまだ、婚姻は男女にしか認められていない。養子縁組制度やパートナーシップ宣言の制度はあれど、やはり同性のカップルは「伴侶」として正式に認められてはいないのだ。

「それにオレ、すっげー子供好きだから……なんかそういうのとか、色々?」

 そうね。それも、避けては通れない問題だ。

 このドラマに子供は登場しないけど、しなくても分かる。春田は子供好きに違いないと。

 ドラマの6話で、牧くんがあれほどアッサリと身を引いたのも恐らく、

(女性と結ばれて子供がいる家庭を作る幸せを春田から奪ってはいけない)

と考えたのが大きかったのではないかと推察する。

 営業の外回りで、楽しそうに子供と遊ぶ春田の姿を見る機会もあったかもしれないし。

 今回、春田は自分でしっかり考えたわけだ。

「牧と一緒になることのメリットとデメリット」を。

 どちらもちゃんと理解していないと、本当の意味で「一緒になる」ことは出来ない。

 いざというとき、愛する人を守ることも出来ないからね。特にこの国では。

 「法律に守られている」って、めちゃくちゃ強いカードだからね、実際の話。




 だから、牧に本気度を疑われても仕方なかった。「結婚」て言う割に、男同士の現実をちゃんと知りもしなかった。

 オレが悪かった、ごめんね…? という、あのケンカに対しての、春田なりの謝罪にもなっている。

 春田のいいところはこういうところだな。思慮深い性格とは言えないけど、何かあったとき、自分の悪かったところをちゃんと振り返ってみて、反省する。で、相手にもそれを伝える。

 そして、基本的に他人を責めない。




「俺も……忙しいのを言い訳にして、春田さんとちゃんと向き合わなかったです」

 と牧も、ついに真情を口にする。

「お互いイヤなとことかも見えてきて、今の関係が壊れるのが怖くて…」

 牧くんが臆病だと、私は以前もレビューで書いた。その臆病さは、彼が生きてきたこれまでを考えれば、致し方ないものである、とも思っていた。

 心の奥底に、誰にも見せたくない臆病さを抱えた人って、それを決して口にしたくないはずだ。特に、牧くんみたいにプライドの高い人ならなおさら。

 それを、春田に向かって

「怖い」

と口にした。




 ああ、牧くんが自分の身体の周りに張り巡らせていた、ガラスの鎧が砕けたんだな…と思った。



 牧が続けて口にする、

「深くなればなるほど、もっと苦しくなるんじゃないかって…」

という言葉も、牧が春田と暮らすことで抱えたジレンマを物語っている。

 春田と一緒にいる幸せを感じれば感じるほど、(この幸せがいつまで続くだろうか…)とか、(もしもこの後、別れることになったりしたら…)とか、考えてしまうタイプだよ。牧くんという人は。絶対に。

 ある日ふと、子供を連れた夫婦とすれ違って、それを眩しそうに見る春田の視線に気づく…なんて未来を勝手に想像して勝手に苦しくなっちゃうところ、容易に想像がつくわ。

 それもやっぱり、自分が手酷く傷を負わないよう、色々と予測してバリケードを築いておくのが常になっていたからなんだろうね。

 だから実家に逃げたんだな。

 自縄自縛にならないためにも、ドラマ版6話の悲劇を繰り返さないためにも、その不安はそうやって素直に春田に言えばよろしい。




 そしてこの台詞、台本にはないんですよね。

 林遣都が牧というキャラを深く理解していたからこそ出てきたアドリブ。

 というより、「降りている」と言った方が正しいんじゃないかというのは、まさにこの場面。

 そう、この瞬間、「林遣都」はいないのです。

 我々が目にしているのは、本物の「牧凌太」その人だ。



 で、ここから続く、春田の告白を黙って牧が聞いているんだけど、この表情がもう本当に素晴らしいの。

 どう素晴らしいのか、まだまだ全然語り足りないので、次項へ続きたいと思います。