表題の漫画、無類に面白い。
久しぶりに、夢中になって読んでます。
著者の田村由美、もちろん名前は知っている。「BASARA」で有名な漫画家さんですよね。アレ、熱病のように流行っていた記憶がある。めちゃくちゃ面白いらしい!と評判は聞いていたけれども、私はなんとなく興味が向かなくて読まなかった。いまだに読んでいない。
戦国ものって、シリアスな展開が多くて、人が死んだりとか割と普通にしちゃうじゃないですか。私はキャラに入れ込んで読んじゃうので、そういうストーリーは面白いんだけど心の負荷も高い。つまりはしんどいんですよね。
親の仇と知らずに敵と出逢って惹かれ合うとかさあ、もう読む前から鬱展開が見えてしまって、ラストはハッピーエンドだとしても、そこに辿り着くまでのストレスに耐える自信が持てない。
あとは「歴史的伝奇ロマン」という分野には些かの不信感があるというか。まあこれは田村由美先生には全然非がなく、まっさらの子供時分に夢中になって読んだ「王家の紋章」あたりの罪が重いと言えよう。
何度でも言うが、大風呂敷を拡げるだけ拡げて回収できない作家はそれだけで有罪だ。
登録しているコミックサイトで「この作品は完結しました」という文字を見ると、それだけでスカッと爽やかに感じるもん。
某演劇漫画は一体全体「了」の文字を見る日が来るんですかね。作者はもう何十年も前に「ラストは決まっている」と吹聴していたけれども。
アレが駄作ならまだ救いがあったものを、あそこまで面白いクォリティの高い漫画を書いて世に出しておきながら「終われない」なんて、クリエイターとして最も罪が深いと私は思う。
閑話休題。
今まで著者の作品を読んだことがなかったのに、ふと(読んでみよう)という気になったのは、タイトルにミステリ好きの血が反応したからだ。
いやもう、第一話で持っていかれました。
主人公は久能整。「整」と書いて「ととのう」と読む。親は一体どんな思いでこの名前をつけたのか、多分後半で出てくるんでしょうね。名前同様、本人もかなりユニークなキャラ。
まずはいきなり事件の容疑者として警察に連れていかれる。第一話の舞台は取調室。そこからほぼ出ることなく、会話劇で物語は進む。
「いついつの夜はどこにいた?」
「家にいました」
「証明してくれる人は?」
「僕一人です」
お決まりのやり取り。警察は「お前がやったんだろう」と頭ごなしに決めつける。「目撃者がお前を見ているんだ」と。
テレビドラマの刑事ものだと、ここで容疑者が慌てふためき、
「ボク……ボクやってません!」
と激昂するところだが、本作の主人公久能くんは頭脳派だ。
「あなたたちはその目撃者をよく知っているんですか?」
と質問し返す。
「知っているわけないだろう」
「じゃあ、僕と同じですよね。同じようによく知らない人間なのに、その人の言葉は信じて、僕の言葉は嘘だと決めつけるんですか? その根拠は何ですか」
冷静に切り返す。
久能くん、自分を取り調べる刑事たちの様子もよく観察していて、漏れ聞いた会話からその人物の家庭における立場や家族像を分析し、プロファイリングをしてみせる。
反抗期の娘さんに手を焼く中年刑事は、
「育て間違えたんじゃない。娘さんは正しく成長しているんです。それを寂しく感じるということは、あなたがこれまでちゃんと娘さんに向き合ってきた証拠です」
と言われて、救われるし、妊娠中の妻とケンカした新婚の刑事は
「ゴミ出しって、家じゅうのゴミを集めるところから始まるんです。分別して、ゴミ袋にまとめて、そこまでしてくれたのをゴミ捨て場に持って行くだけで『ゴミ出しは俺がやってる』とドヤ顔されても、奥さん身体がしんどいんじゃないですか」
と指摘され、初めて家にいくつゴミ箱があって、ゴミ袋の補充も必要であることに気づく。 何かと軽い扱いを受けている女性刑事は、
「僕はあなたを舐めていません。あなたが舐められないよう気をつけるべきは、この職場のおじさんたちです」
「混ざれなくて悩んでいるとしたら、それは間違いです。違う生き物としてあなたの存在は有意義なんです。そのままでいてください」
と言われて、仕事に対する矜持を持つようになる。
この調子で、自分がなぜ全然関りのない殺人事件の容疑者にされているのかを考え、分析し、「事実」をあぶり出していく過程がめちゃくちゃエキサイティング。
第一話で彼がするのは、「座って話をする」ただそれだけだ。
それでいて、真実にぐいぐい近づいていく。
「安楽椅子探偵(アームチェア・ディテクティブ)」という言葉がミステリ界にはあって、これぞ真の探偵と言うべき称号なんだけど、久能くんは大学生にしてこの言葉にふさわしい活躍を見せる。
スパイが敵のアジトに潜入とか、カーチェイスとか、時限爆弾とか、そういうのもエンタメとして楽しめるんだけど、真のミステリ好きは
「ただただ言葉だけで相手の真実を暴く」
この展開こそが大好物だ。
警察という国家権力を相手に一歩も引かず、丁々発止のやり取りが火花を散らす。
彼を陥れようとした張本人を遂には暴き出すんだけれども、真犯人が分かってなお、プロファイリングは進む。
「BASARA」を書いた同じ作者が、こんな味わいのミステリ作品を書くとは、まったくトップクリエイターの頭の中ってどうなってんでしょうね。
「ミステリと言う勿れ」というアンビバレントなタイトルではありますが、いやいやミステリ好きなら一度読んで損はなし。
面白いので是非読んでみてください。