おっさんずラブが好き!

ドラマ「おっさんずラブ」の細かすぎるレビューブログ。OLの深い沼にハマって当分正気に戻れません。ほぼおっさんずラブの話題しかないかもしれない。ネタはバレまくりなのでご注意を。

惜別 立花隆

 立花隆氏が亡くなりましたね。

 ずっと癌と闘っているのは知っていたから、そろそろかな…とは思っていた。

 まずは、お疲れ様でした。

 ご冥福を心よりお祈り申し上げます。




 私にとって、立花隆という人は、ちょっと特別な存在だ。

 彼の著書は、私の読書人生の中で、かなり大きなウェイトを占めている。

 1冊の中身がぎゅっと濃縮されていて、そこから派生する興味も多岐にわたっていて、それでいてテーマの核心は決してぶれることがない。だから、1冊読み終えると(読んだ……)と放心するくらい、ボリュームがすごい。

 テーマもまた、他の人が思いもつかないような、「え、そこいく!?」というものが多い。

 そして彼の本は例外なく、めちゃくちゃに面白かった。



「心に残る一冊を」と言われたら、「宇宙からの帰還」かなあ。

 アメリカのスペースシャトルで実際月へ行った宇宙飛行士たちにインタビューをしたドキュメンタリー。

 と言ってしまえば話は簡単なんだけど、そんなもんじゃなかった。

 まず、「地球の重力圏外へ出る」ことがそもそも、非常に困難なミッションじゃないですか。重力を振り切って宇宙空間に出るには、爆発的なエネルギーが要る。そのエネルギーを生み出す装置を搭載すると、今度は重すぎて、普通の飛行すら出来ない。

 この、「桁外れのエネルギーで爆速を生み出さなければならない」のと、「機体を極限まで軽くしなければならない」ことの両立、最難レベルの「Mission Impossible」に、当時のアメリカの最高の頭脳集団があたった。

 時間との闘いでもある。開発に時間をかけてぐずぐずしていたら、冷戦の相手であるソ連に先を越されてしまう。

 戦争もそうだけど、「先を争う宇宙開発」も、様々な発明の母ですよね。

 無重力空間でスペースを効率よく使うのに、「ものを壁にくっつけておく」ためにマジックテープが発明されたのは有名な話だ。

「人類を宇宙に飛ばす」というミッションに向けて、課題を次々に解決していくNASAの精鋭たちの物語は、刺激に満ちていて、エキサイティングだった。

 アメリカという国、好きになれない部分はいっぱいあるけど、こういう方面での「効率主義」に関しては、さすがだな、と思う。

 そしてそれが、結局月に行けなかったアポロ13号の乗組員を全員生きて地球に帰還させることにも繋がる。




 当時のアメリカ社会にとって「宇宙飛行士」というのはもう、「アメリカの顔」であって、スーパーヒーローですよ。

 だから、陸軍や海軍の中でもスペシャルに優秀な、文字通りの「精鋭」が選ばれ、厳しい試験を受けて、残った人たちだけがスペースシャトルの乗組員になることを許された。

 頭が切れるだけでも、体力に優れているだけでもダメで、狭い空間で複数人数が何日間も過ごすから、協調性も必須だし、メンタルの強さも絶対に欠かせない。萩尾望都の名作「11人いる!」でも描かれた通り、宇宙は常に予想外のことに満ちている。アポロ13号みたいに「酸素タンクが爆発して残りの酸素がもたない」なんて状況に陥ったとき、絶望せず、仲間に八つ当たりもせず、希望を失わず、(どうしたら解決できるか)をスピーディに考え、成功するかどうか何の保証もなくても、そのときベストと思われる策を「ともかくやってみる」勇気と胆力、これら全部が宇宙飛行士の資質として求められた。

 で、これら全てを兼ね備え、おまけに顔もよくて性格もいい、神様の親戚ですか?みたいなスーパーガイがいたとしても、虫歯があったり、健康にわずかな疵があったりしたら、リストから外された。

 アメリカ国家の一大プロジェクトだったわけですね。




 でね、そんな精鋭たちでも、中身は人間なんですよね。

 結婚していて家庭円満、というのも、ヒーローとして重要な「外面」だったんだけど、宇宙飛行士と言えばどこへ行ってもモテモテだったらしい。そんで、そんなに優秀でエネルギーに満ち溢れた若い男が、厳しい訓練に耐え続けていたなら、そりゃ週末ちょっとくらい遊びたくなるのも分かる。

 訓練で訪れる都市ごとに「現地妻」がいるような飛行士もいたそうな。

 優れたリーダーシップを発揮する人でも、超優秀なエリート集団だから、他の人からは「仕切りたがり屋」と疎まれたり。

 アポロ11号のバズ・オルドリンみたいに、船長になりたかったのに船長に選ばれず、アームストロングにジェラシーを感じていた節があったり。

 選ばれて、厳しい訓練にも耐え、ようやく月行きのチケットをゲットしたのに、直前になって健康を害し、泣く泣く降りた飛行士もいる。

 そんな人間くさいドラマも描かれていて、非常に面白かったです。




 宇宙空間へ出たことがある飛行士たちの一部は、

「近くに神様がいるのが分かった」

とか、

「これまでになく頭脳がクリアになって、なんでも出来そうな全能感を得られた」

等々、スペシャルな体験をしたらしい。

 宇宙飛行士が着用している酸素ボンベから純度が高い酸素が供給されるので、そのせいではないか、という推論だったけども、この問題の回答はその後得られたのだろうか。

 人生観が変わって、地球へ帰ったあと伝道師になった人もいる。

 



 この本を読んだ後、「人生で叶えてみたい夢は?」という質問に対する答えが

「宇宙から地球を見てみたい」

というものに変わった。

 これは今でも変わりない。

 真っ暗で無機質な宇宙空間で見る地球は、青く光って、本当に美しいらしい。

 私も是非、宇宙船の窓から、青く煌めくこの星を肉眼で見てみたい。




 ノーベル賞をとった利根川進博士との「精神と物質」も面白かった。対談なんだけど、人間の感情は結局、「心」という曖昧なものによるのではなく、脳内でシナプスが起こす電気信号が生み出しているのである、という利根川博士の「物質説」に対して、立花隆がちょっと鼻白んでいたのが、次第次第に考えを変えていく過程も分かって、興味深かった。

 20世紀の終わりにあたって出された「サイエンスミレニアム」も夢中で読んだな。

 いずれ再生医療が医学の中心になるという予言、その通りになっているのもエキサイティングだ。





 いやー本当に、普通の人の何倍、いや何十倍も濃ゆい人生を送った人でしたね。

 私が今考えたり言ったりしていることのベースには、立花隆の本から得た知識が結構ある。

「血肉になる」とはこういうことを言うんだろう。

 地下から地上3階まである蔵書ハウスはどうなるんだろう。

 松本清張みたいに記念館が出来てもおかしくない人だから、いずれ資料して公開されたりもするかもしれないな。




 ところで、彼の訃報を聞いても、私、あまり悲しくなかったんですよね。

(あれ、悲しくならないな…?)と自分でも不思議だった。

 でも、後から思い出した。

臨死体験」のせいだ。

 これも、非常にユニークで、彼にしか書けない本だと思う。未読の方は是非読んで欲しい傑作。

 さらっと紹介すると、いわゆる「臨死体験」というものの実体は何か?に迫ったルポルタージュなんですね。

「死んだじいちゃんが川の向こうから手を振っていた」

とか、

「エレベーターに乗ろうとしたら、死んだはずの母親がいて、『お前はまだダメだ』と怖い顔で追い出された」

とか。

幽体離脱して、病室の天井に浮かんで、自分を囲む家族と医師の深刻な様子を見ていた」

というのもある。

 ある要素は共通している。だけど国が違うとその様相も違う。では文化の影響を受けた、心理的なものなのか…と言えば、それだけでは説明できない現象もある。

幽体離脱して、病院の外も見た。〇〇さんと〇〇さんがこういう内容のことを話しているのを聞いた。病院の屋上に靴が落ちていた」

 とこれは、3歳だったか4歳だったか、幼い子供が意識を取り戻したときに語った内容だったと記憶している。

 その話の内容というのが、難しい専門用語が混じっていて、幼い子の作り話ではないと思われたこと。そして、その子どころか他の誰も行けるはずのない病院の屋上に、実際に靴が落ちていたことなど。

 今手元に本がなくて、うろ覚えだけれども、大筋はこんな感じ。

 



 この本の取材のために、「死ぬ瞬間」の著者であるエリザベス・キュブラー・ロスに会いに行き、親交を深めることになるんだけど、彼女が言った印象的な言葉は

「私は死ぬのが全然怖くありません」

だった。

臨死体験」の取材を通して、筆者である立花隆自身も、「死ぬのが怖くなくなった」と言っている。

 癌になったときも自分の身体に興味深々で、ドクターに取材していたし。




 「臨死体験」の面白いところは、「死にそうになったけど生き返った人」の話であることだ。

 だから、実際に死んだ人の体験と同じなのかどうかは分からないんだよね。

 立花さんは、臨終にあたって、(あーこれが『死』か。俺は今死のうとしている。こんな感じか…)と思いながら死んでいったと思う。

 他の人なら違うだろうけど、好奇心の塊だった知の巨人なら絶対にそうだと思うわ。

 そんで死んだ後も、

「あーハイハイ、なるほどー。こんな感じで段階を踏むんですね。それで、その選別は?」

とか何とか、係の人に取材したり、色々メモ取りながら次へ進んでそう。

 死んで解脱したら「来世」に行っちゃうのかもしれないけど、あの人なら、修行を爆速でクリアして、すぽぽぽぽーん!と生まれ変わってこの世に戻ってきそうな気もする。

 そんで4歳くらいで

「死んで生まれ変わってきたから『臨死体験』の続きを書く」

とか言い出して、周りを仰天させたりね。




 そうだといいなあ。




 なので、タイトル通り、「惜しい人を亡くした」とは思うんだけど、カラッとした気持で、あまり悲しくはないんだな。

 あんな人はもう出てこないかもしれないけど、若く新しい才能はどんどん生まれてきてるしね。

 たくさんの本を世に出してくれてありがとうございました。あなたの著書を読むことで、私の人生は間違いなく、彩り豊かになりました。

 サイエンス系への興味を深めてくれたのは、立花さんのお陰です。

「あの世」の取材、頑張ってください。

 合掌。