クレーム処理の現場にやってきた春田。
マロの隣で
「すみませんでしたッ!!」
と直角より深いお辞儀。
「この人ホンッット失礼なんだけど!!」
激おこぷんぷん丸の奥様。
「アタシ何度も言ったわよね!」
と奥様に詰め寄られても、「ハイ、ハイ」と適当に受け流すばかりか、びよんびよんと妙なコール音が鳴ったスマホを見ちゃうマロ。
「帰ったらこいつの人生観変わるくらいきっついお仕置きするんで!」
と奥様をなだめ、
「分かった!?」
とマロを叱りつける春田。
二人のポジションが今いち分かんないけど、冒頭マロの「上司」と言ってた春田、ちゃんと「上の人」らしさを出してますね。
怒られたマロも
「ハイ!!!」
と一応しおらしげ。一応ね。笑
しかしマロ、何やらかしてこんなに怒らせたんや。
この激おこ奥様、三坂知絵子さんという女優さんなんですね。新海誠監督の奥様だそうな。
こういうプチ情報を得られるのもツイッターのよさ。
さて問題はここからだ。
帰社した春田、「なんなんだよアイツ…」とボヤキながら自分のデスクへ向かう。春田の思うところの「人生観変わるくらい」のきっついお仕置き、宇宙人マロには通じなかったか?
どかっと椅子に座り込んで、机の上の営業日誌を手に取る。今日の日報を書いて上司である部長に提出するという流れなんでしょう。
ところが、だ。
(へ…? 何これ)
予期せぬものを目にして固まる春田。
そこにあったのは、部長からのコメント。
通常は、営業が書いて提出したその日の活動内容とか、案件の進捗具合に対して、激励だったりアドバイスだったりを書いてあるはずの欄ですね。
しかし部長のコメントは、上司からというよりは、慈悲深き姉からのお便りのように愛に満ちたものだった。
――今日もご苦労様です。ポスティングと内見で移動が多くてお疲れのことと思います。今日はゆっくり休んでください。また、電話営業の顧客リストを近々見直そうと考えているので、その際は意見を聞かせてください。仕事で何か負担が大きかったりはしないですか?無理せず、何でも相談してくれると嬉しいです。明日からもよろしくお願いします。――
(今まで部長からこんなコメントなかったのに)
思わず隣の席の営業日誌を取ってみる春田。コメントは空欄。
(……なんで俺だけ?)
てそらまあ、そうなりますわな。キツネにつままれたような、というか。
部長の方はもう、蓋が外れちゃってるから。水が零れてしまったから。
春田への思いが突っ走り始めてるんですね。
疑念に捉われたところへ物音が響いて、びくっと身をすくませる春田。
怪しい気配を感じて怯えつつ、思い切って後ろを向くが、誰もいない。
安堵しかけたのも束の間、
「わーーーッ!!!」
真正面に部長のアップが迫って大声をあげてしまう春田。
「クレーム処理、ご苦労様」
心なしか、なんだか思わせぶりな部長の口調。
「あ…ありがとうございます」
と差し出されたカップを受け取りつつ、びくついて敏感になっていた春田、はっと気づいてしまう。
(いつも定時には帰る部長がなんで……)
(もしかして……オレを待ってた?)
思わずカップの中身をくんくん嗅いでみる。
ジャッ…と音を立ててブラインドを閉める部長。
部屋が一気に暗くなり、春田の警戒感がレベルアップする。
(いやいや、え? …暗くして何する気)
と部長の方を見ると、おもむろに上着を脱ぎ始めた。
(おいおい何で脱いだ? なんでジャケット脱いだーー!?)
焦る春田を知ってか知らずか、部長は続けてネクタイの首元をくつろげる。
そのしぐさが妙にセクシーで、春田の焦りはつのる一方だ。
(ぶ……部長が万が一『ソノ気』だとして……いやいやそんなことあるわけない!けど、、そうだとしたら……)
(オレはどうすればいいんだ…? オレは部下としてどう対応すればいいんだー!?)
春田、またしても困惑の極み。
フリスクらしきタブレットを掌に落としているのも、それを一気に口に入れる仕草も、部長の一挙手一投足が全部「ソノ気」を表しているように見えて、どんどんパニックになっていく春田。
(落ち着けー、春田ー、落ち着けー)
と呪文のように内心唱えて努めて平静を装おうとするも、まったくもって成功していない。マウスをクリックしまくってパソコンは春田をあざ笑うかのようにフリーズしてしまった。
万事休す。
そこへフリスクをぽり…ぽり…と噛みながら近づいてくる部長。
「春田」
と普通の口調なのがなお春田の恐怖をそそる。
「あッ…あのッ……失礼しまーーす!!」
最後、絶叫のようになりつつ、挨拶を投げつけて部屋を飛び出す春田。
(だ、大丈夫だ春田ッ、落ち着けー……ぶッ、部長がオレをだなんてそんなこと、あるわけがないッ……)
必死で自分に言い聞かせながら、何とか息をととのえようとする春田を、
「春田!」
と部長が呼び止める。
上司に呼ばれたら、返事しないわけにはいかない。
恐る恐る振り向いて、
「……ハイ」
と返す春田。
しかし、相手はもう、春田の知っている「いつもの部長」じゃなかった。
コツ…コツ…と床を鳴らしながら、黒澤部長の影が近づいてくる。
「……部長?」
という春田の問いかけにも応えず、黒い影は
「春田ァ!!」
となぜか大声で呼ばわる。
「…え…部長??」
へっぴり腰になりながら、身体がもう逃げ始めている春田。
「春田ァーー!!」
と再び叫ばれて、ついに耐え切れず全力で逃げ出してしまった。
ここはもう、ホラーな演出でありながら絶妙にコミカルな場面で、何度見ても振り切った鋼太郎さんの攻める演技と、あたふたしまくる田中圭の受ける演技に笑ってしまう。
慌てて駆け込んだエレベーターがなかなか閉まらなくてボタンを押しまくるのもお約束。
ターミネーターのごとく追ってきた黒澤部長が、ラスト1秒で閉まる扉と共に姿を消すのも、主人公が追いかけられる系の恐怖映画そのもの。
やっと逃げ切って、へたりこんでハァハァ息を切らしつつも、ピロンピロンとお知らせが鳴ると、ついスマホ見ちゃうんだね。
「襟に、クリーニングのタグがついてるお。黒澤」
のラインメッセージで
「…んだよもうッ…」
泣きそうになりながらこぼす春田。
この状況でこのアイコン、最高に腹立つね!笑
人間にとって何が怖いかって、「正体が分からないもの」が一番怖い。
だから、「意図がまったく掴めない相手」というのは、人の姿をしていても、時に迫ってくるモンスターのように感じてしまう。
この場面、「同性の上司なのに何やら自分に秋波を送ってくる相手」=黒澤部長の言動が、春田にとっては恐怖の対象だったのかな、と。
で、春田の恐怖フィルターを通してみた黒澤部長がこんな風に見えたのかなー、とこっそり勝手に解釈しておりますが、まあ、それは野暮な素人解釈かもしれない。
あんまり細かいことは考えず、名優二人の演技を心ゆくまで楽しめばいいと思います!