おっさんずラブが好き!

ドラマ「おっさんずラブ」の細かすぎるレビューブログ。OLの深い沼にハマって当分正気に戻れません。ほぼおっさんずラブの話題しかないかもしれない。ネタはバレまくりなのでご注意を。

後妻業

「後妻業」  黒川博行著 文春文庫

 

 

 

 硬派な文章の束をごりごり読みたい!とこないだ図書館で本を借りてきたのだけど、ロシア文学よりはやっぱり、すらーっと読めちゃう日本のエンタメ作品に先に手が出る。

 カラ兄の5ページを読むよりも、「後妻業」500ページ弱の方を先に読み終わってしまった。




 黒川博行が昔から好きだ。この人の作品、ジャンルで言うと「ピカレスク」ということになるんだろうけど、日本語で「悪党小説」と読んだ方がしっくり来る。

 正道・王道を大手を振って歩いているような人物はあんまり出て来ない。ヤクザ、インチキ業者、はぐれ者、そういう人たちを描くと黒川博行の筆は生き生きと走る。私利私欲まみれで、他の者たちを出し抜くことで自分が一番だと証明し合っているような、そのためには多少の暴力も厭わないような、そんな殺伐とした世界が舞台なんだけれども、才走っているように見えて、登場人物がみなどこかしら抜けているというか、悪い奴らなんだけど憎めないんだな。

「後妻業」の柏木と小夜子も、そらもう悪いんですよ。こんなヤツ身近にいたらとんでもないんだけど、読んでてもその悪さに震え上がる…というよりは

「あーいるいるこんなやつ」

と、なぜだか共感を覚えて読み進んでしまうから不思議だ。

 後妻業は、老い先短い金持ちの年寄りばかりを狙う結婚ビジネスで、犯罪なんだけど、騙される方も騙される方というか、同じ穴の狢感があるのよね。

 最初に出てくる小夜子の夫・耕造は、脳梗塞を起こして倒れたところを、妻である小夜子に放置されてしまう。小夜子が手っ取り早く財産を手に入れるためには、耕造にとっととこの世から退場して貰わなければならない。なので、血液をサラサラにする薬を胃薬と取り換え、しょっぱいものを食べさせてきた小夜子にとっては、待ち望んだ結果だったわけだ。

 というとんでもない展開から始まり、うわーこいつら悪いな……と引きながら読むんだけれども、この耕造がなかなかしぶとく、峠を越したあとは持ち直す。

 病院に駆けつけた娘二人と、小夜子との間で葬式費用を巡って(まだ死んでないのに)バトルが繰り広げられ、次女が諫めるのも聞かずに小夜子に溺れていた様子が窺える段になると、(こんな爺さん騙すのチョロかっただろうなー)と、どっちもどっちだ、と思えるようになってくる。

 で、小夜子に言われるがまま財産をすべて譲る公正証書なんてものをこしらえていた割には、金庫の開け方は絶対に教えていなかったり、人を信用していないのはやっぱりお互い様だったりするのだった。




 この小夜子を使って結婚ビジネスを展開している柏木が、作品中ではコンビなんだけど、この2人が仲が悪く、お互いを罵り合うのも面白い。

 隙あらば全部自分のものにしようとする小夜子と、「オレとアンタは折半や」と絶対に譲らない柏木。

「アンタ、ほんまに欲深いね」

「どんだけがめついねん」

 そうそう、強欲な人って他人をそう罵るよね! 巨大なブーメランが全く目に入らないタイプね!

 柏木がブランドバッグを買いに行って、有名ブランドのぱちもん(偽物)を数万円で買い、

「この女には偽物を持たせたい」

というくだりが印象的。

 本物だと嘘をついて贈るのかと思いきや、

「特別に90万円で売ったる」

と、さらに金を騙し取ろうとするのがさすがの悪党だった。凄いな。清廉潔白な一般人の脳みそでは思いつかん強欲さだ。

 で、爺さんたちをたらし込むのは天才的な小夜子も、割ところっと騙される辺りも、小さくすかっとして、何だか愉快になってくるのだ。





 結婚相談所で高齢男性を引っ掛けて後妻におさまり、亡くなった後に全財産を独り占めする公正証書が出てきて遺族は仰天、小夜子がいけしゃあしゃあと遺産を相続するのを繰り返してきた悪行が、耕造の娘の依頼を切っ掛けに、遂に他人の知るところとなる。

 これが西村京太郎なら、戸津川警部が綿密な証拠固めをしに特急で岐阜やら京都やら縦横無尽に駆け回り、相棒の亀井刑事と共に自宅に踏み込み、柏木と小夜子が遂に御用……となるところだが、黒川博行だから、そうはいかない。

 真相を焙り出すのは元警察官の探偵・本多。表も裏もよく知っている本多がぐいぐいと真相に迫っていく様子は、ミステリとしても読み応えがある。ただ、本多も本多で悪いんだな~。

 柏木と小夜子が何をしてきたか掴んで、白日の元に晒す……のではなく、

「柏木さん、アンタ、この資料幾らで買う?」

 だもんよ。




 黒川博行の小説、こうして「悪い奴ら」に焦点が当たり、キツネとタヌキの化かし合い的な内容が多いんだけど、不思議と愉快な気持ちになってくるんだな。

「人なんてどいつもこいつも切り開いて皮を剥げばただの肉の塊だ。死ねば分かる」

とは、「アンナチュラル」中堂系が第三話で残した名台詞だが、黒川作品を読んでいると、

(人なんてどいつもこいつも、どこかしら『悪い』んだよな。みんな一緒だわ)

と言う気になってくる。

 悪党ばかり出てきて、誰一人改心するでもなく、因果応報としか言えない目に遭っても懲りずにそのまま…ということも多いんだけど、何故だか人間を嫌いにはならない。

 むしろ、欲望剥き出しでしぶとく生きる彼らの生命力というか、決して白くはないんだけどふてぶてしいパワーというか、そんなものを感じて、ちょこっと元気になったりもする。




 で、本作品、大阪で20年以上暮らした私にとっては、知っている地名ばかり出てきて、めちゃくちゃ親近感を感じる点でもツボでした。

 黒川さん、地名とか事件とか、実際のものをばんばん出すよね。羽曳野、JR藤井寺駅、富田林のでかい病院、吹田の江坂、どれもこれも馴染みのあるものばかり。

 土地鑑があると、江坂に結婚相談所のオフィスがあって、弁護士事務所が西天満で、国道171号線(通称イナイチ)を通って新御堂筋を走って梅田で降りるとか、そういう記述にいちいち(あーあそこか! ハイハイ)と頷く気持ちになり、物語世界の地図や距離感覚がよく分かって、また違う感覚で楽しめますね。

 ドラマでも小説でも、東京の地名はよく耳にするから、新宿とか赤坂とか六本木とか渋谷とか、知ってはいるし、その場所の雰囲気も分かるつもりになって読んでるけど、距離感まではぱっと分からないもんね。

 婚活詐欺と言えば、で誰もが思い出す名前もそのまんま出てきて、こういうところも(あーそう。それな)と、押して欲しいツボをピタリと押してくれる感じで、作者のサービス精神を感じる。




 まあでもね、実際こういうケースってありそうで怖い。ワーファリンを胃薬と交換とかさあ、そんなの発覚する方が難しいんじゃないか?

 騙されてたとしてもいいや、くらいに思ってるのなら、あの世に行く前の束の間のロマンスと割り切って、大金と引き換えにするのもアリなのかもしれないけど、遺された家族はたまったもんじゃないと思うから、やっぱりこういう女には気をつけた方がいいと思います、ハイ。




 ということで、「後妻業」読み物としては楽しめる上質なエンタメ作品でした。

 映画も面白かった。機会があればこちらも感想を書きます。