安達と黒沢、コンペに向けた準備が順調に進んでいく。
黒丸で潰されていく安達の部屋のカレンダー。その先には「21日 プレゼン」と「24日 デート」の文字。
(魔法は使わず、自分の力で…!)
プレゼンのロープレも黒沢につきあってもらってバッチリ。
資料も出来上がり、ついに迎えたコンペ当日の朝。
会社の前で、人待ち顔で佇む黒沢を見つけた安達。
「おはよ」
「どうしたの?」
「これから日帰り出張で、プレゼン前には会えないかもと思って」
「だから、わざわざ?」
安達の顔がほころぶ。安達も、プレゼンの前に黒沢の顔を見たかったんだ。もうすっかり心は通じ合っている。
「それと、これ」
差し出されたのは、黒沢手作りのお弁当。
「え、作ってくれたの!?」
「緊張してても、ちゃんと食べなきゃダメだよ?」
はああーイケメン…(*´Д`)
黒沢、完璧彼氏すぎん…?
いいなあ安達……と思うけど、(私に黒沢をください)とは思えない。
いいよもう、ずっと安達限定の完璧彼氏でいてくれたら。
そしてこのお弁当、オープニングとも繋がりましたね。
黒沢が詰めたお弁当箱を嬉しそうに見つめていた図、あれはこのコンペの朝だったんだ。
から揚げ、ウィンナー、卵焼き。あとはポテトサラダときんぴら、サツマイモは甘く炊いたやつかな。
緑が少ないけど、「安達の好物」という条件を優先したんだろう。
下段のごはんには「自分を信じて」と海苔の文字が。
そうかー、この労作なら、完成してあの微笑みで見つめていたのも分かる。
(安達が食べるときどんな顔するかな……)
と想像しながら作り上げたんだね、黒沢……!
黒沢の愛と激励に応えるためにも、ここは絶対にコンペをものにしたかった安達。
だが、試練は最悪のタイミングでやってくる。
「魔法を封じた」とはいっても、人里離れた山奥にでも暮らしていない限り、「他人に絶対に触れない」ことは不可能だ。
エレベーターでぎゅうぎゅう詰めになって、なんとコンペの審査員である寺島部長と隣り合わせになってしまった。
聞きたくないのに、聞こえてくる、寺島部長の心の声。
(ぱっとしない。どの企画も)
(見栄えばかりを求めて、文具本来の機能性や使う側の気持ちをまったく考えきれていない)
離れなきゃ、と思っても、この密度では身動きもままならない。
(企画募集なんてやるんじゃなかった…!)
その後のプレゼンが、尋常に滞りなく行われていれば、なんてことはない話だった。
ところが、安達が冒頭の企画紹介をする前に、
「なんだか地味ね」
と寺島部長が遮った。
「え……」
「キミ、どうしてクリップで勝負しようと思ったの?」
「そ、それはですね、3ページ目を……」
質問しておきながら、安達の答えを聞かず、ばさっと資料を閉じる寺島部長。
「もう結構よ」
「え?」
「お疲れ様」
それは、六角から聞いていた噂通りの言葉だった。
「もう結構よ」
が出たら、戦力外通告と同じだと。
まあ、ね、私も年齢でいったら寺島部長の方が近いBBAだ。彼女の意図も分からんではない。
多分、これまで、もう何度も何度も若手の企画にガッカリさせられてきたんだろうね。
しかも近年は、インスタの影響もあって、「映え」ばかりが取り沙汰される。
でも文具と言えば機能性、使い勝手が何より重要であって、「映え」を気にしていると気づけないことも多々ある。
消費者目線を忘れた企画の数々に接するうち、ウンザリしてしまって、
(ピンと来ない企画を聞く時間がそもそも無駄)
と思ってしまう気持ち、理解は出来てしまう。
でもやっぱりね、それではいかんと思うですよ。
寺島部長からすれば何十番め、何百番めの企画発表かもしれないけど、安達にとっては初めてのコンペ参加。
今回の企画がアレでも、今後を見据え、若手社員のやる気を育てていく義務が、彼女のポジションにはあると思う。
このコンペをチャンスと見定め、じっくり用意してきたプレゼンを聞くこともなしに、
「もう結構よ」
と言い放ったのは、些か職権に胡坐をかいた慢心のなせるワザだったのではないかと愚考いたしますです。ハイ。
まあそれはともかく、だ。
寺島部長の一言、安達にも突き刺さった。
(――これで終わり…?)
壇上で茫然とする安達に、寺島部長が追い打ちをかける。
「下がってもらって結構よ」
と。
安達が自分一人で考え、自分一人で準備したのなら、きっとここで寺島部長に逆らわず、引き下がったに違いない。
でも今回は違う。安達一人の立場ではない。
(……せっかく黒沢に、たくさん特訓してもらったのに……)
営業として身につけてきたノウハウを惜しみなく安達に与えてくれた黒沢。
コンセプトの伝え方から、プレゼンの極意まで、みっちり特訓して、ロープレまでつきあってくれた。
今日なんか、日帰り出張だからと安達を待っていてくれた。
そして、「頑張れ!」の激励と、愛のこもった手作り弁当。
黒沢だけじゃない。
六角の、藤崎さんの、浦部さんの協力と激励があって、初めて安達はこの場に立つことが出来ているのだ。
「もう結構よ」
と言われるがまま、「そうですか、それでは…」とおめおめ退場することが出来るだろうか。
(このまま引き下がるわけにはいかない)
何か言わなきゃ、何か。
でも、何を言っていいか分からない。
ともかくも、寺島部長に、自分の企画を聞いてもらえる言葉は……と探した結果。
「……さ、」
握りしめられた手。
「……最近の、文具は……」
絞り出された言葉。
「見栄えばかり、重視しているので……」
「ぶ、文具本来の機能性や、使う側の気持ちを考えられるものを、企画したいと、考えました」
それは、さっき聞こえてきた、寺島部長自身の言葉。
あら、という顔になり、
「続けてちょうだい」
と気持ちを変えた寺島部長。
安達はプレゼンを続けることを許された。
魔法の力を利用した「禁じ手」を、ついに使ってしまった安達。
画面の前に座って視聴している身からすると、(あちゃー……やっちゃった……)と感じてしまうけれども、これ、実際安達の立場になったとき、同じことをせずにいられるだろうか。
だって、そこに答えがあるんだから。そしてそれを利用したところで、誰にも知られることがないんだから。
窮した挙句、つい飛びついてしまった安達を、私は責めることは出来ない。
でもやっぱり、それは「禁じ手」なのだ。「してはいけない」ことなのだ。
プレゼンを続けることは許されたものの、それはその後、安達自身を傷つけ、苦しめることになる。