さて第四話、「おっさんずラブ」の登場人物の関係性がかなり動いていく。
特筆すべきは春田の幼馴染、ちずだ。ちずの存在の意味が、この回では揺らいで、春田の周辺の人間関係を変えていく。
「起承転結」とは、お話を作る上での基本中の基本だけれども、「転」に繋げる下地ならしを入念に行ったのが第四話と言っても過言ではないと思う。
「おさななじみ」って、いいですよね。和語で、言葉の響きも柔らかい。
幼い時からずっと一緒に育ってきた相手って、特別な存在だ。
兄弟のように近しくて、心を許した友達でもある。そんな身近な相手が、ある日ふと、恋愛の対象にもなりうることに気がつくわけだ。
だから古今東西、色んな恋愛もので「元幼馴染カップル」が描かれてきたんですね。
第四話は、親友のような、妹のような存在として春田の傍にいたちずが、牧の第2のライバルとしての色を強めてきた回でもある。
わんだほうのカウンターにて。
「分かった! 春田それ、モテ期だよ!」
と弾んだ声をあげるちず。
「人生で三回あるとしたら、春田の場合、あたしの知る限り、小5のとき。高1のとき。そんで今だよ!」
「もう終わるじゃねーか! やめろよ今女子一人もいねぇよ」
「好かれてるだけ感謝しな」
これこれ、この感じ。春田の人生のイベントを全部把握している近しさ。これこそが「幼馴染」の強みですよね。
で、それはちずの兄、鉄平も同じことで。
「春田ァー! 突然だけどわんだほう、閉店することになった」
「ええー!」
タワーマンションに建て替えして、その1階のテナントとして入ることになった、と告げる鉄平。
今よりも店舗面積が広くなるから、隅っこにライブスペースを作る、と楽しそうに先のことを話す鉄平に、春田も
「いーじゃないですか!」
喜色満面で後押しする。
「荒井鉄平38歳。やっと俺にも運が回ってきたってワケよ!」
「ハハハ」
「ちょっ……メロディ降りてきた」
唐突にボイスレコーダーを取り出し、慌ててギターを構える鉄平。
「え、また…?」
「これさ、タイミングいつも謎だよな」
ちずと春田がツッコむのも構わず、ジャーン♪とギターの弦をかき鳴らし、
「満員電車に揺られるゥ~♪ サラリーマンたちィ~♪ 取引先にはスイマセンとォ~♪」
とここまで歌って、ジャン!とまた唐突に歌が終わってしまった。
「え、終わり!?」
「終わりってなんだよ」
「降りてきたって言ったじゃん!」
「降りてたじゃねぇか今」
「そこいつもと一緒じゃん!」
「全然違うんだよ」
鉄平兄と春田の掛け合いも楽しい。
この3人、わんだほうでこうやって、鉄平兄はカウンターの中に立ち、ちずと春田がカウンター席に座ってちょこっと飲み、鉄平兄が創作料理出したり、突然歌い始めたり、それをちずと春田がツッコんで……という時間を、これまでも積み重ねてきたに違いない。
子供の頃からの関係性を大人になっても保っている「幼馴染」という間柄は、お互い気を遣わず、いろんなことを分かり合っているから、こうした掛け合いも阿吽の呼吸で出来てしまう。
お互いの恋愛話も、当事者じゃないからズケズケ聞けるし、親身になってアドバイスも出来る。ストレスの少ない、最高の関係に見える。
このままの関係が、この先もずっと続いていくような気が、していたのではなかろうか。ちずも春田も鉄平兄も。
しかし、変わらない関係なんて存在しないのだ。
昨日と同じように見えても、毎日少しずつ変化している。その変化は時間の経過と共に積み重なっていく。
わんだほうを出て、ぷらぷらと歩いていく春田とちず。
「ねえちず」
「ん?」
「閉店パーティのときさぁ、お願いがあるんだけど」
「ヤダ!」
と食い気味に即答するちず。
「まだ何も言ってないじゃん!」
「なんか悪い予感しかしない…」
そのちずの予感は当たっている。でも、「あのさ」と続きを言おうとする春田が近づくと、傘を差しかけてあげるちず。優しいね!
「そのときさ、オレの彼女のフリして欲しいんだよね」
「ホラ、そんなことだと思った」
「そしたらみんな、オレのこと諦めてくれると思うんだよ」
「何そのモテ男発言!」
ホンマになあ。「みんな」って誰だよ。
「やだ!」
「お願い!1日だけでいいから」
「めんどくさい!」
頭ごなしに拒否を続けるちずですが、まあ大体こういう流れのとき、拒否してる側は渋々承諾するんですよね。
春田とちず、2人の関係が動いたのが、このあたりからだと思う。
何かのイベントで、彼氏or彼女のフリをしてくれ、という展開、少女漫画のあるあるですよね。漫画に親しんだ経験がある女子なら「見たことある」感ハンパない。
「おっさんずラブ」の面白さは、こういう「少女漫画あるある」が随所に散りばめられているところなんだけど、表向きの「おっさん同士のコメディ」部分がテンポよく進んでいるから、少女漫画要素の隠し味は一見気づきにくい。
少女漫画をよく読んでいたという徳尾さんの脚本、こういうところが巧みだと思う。
で、ここから、ちずが春田を巡る「第4の存在」として浮上するんですね。ホント言うとこの時点で春田が「みんな諦めてくれる」の「みんな」の中に勘定している武川さんはフェイクなので、「3番目の存在」なんだけど、まあそれはいいとして。
この、ちずという異性の幼馴染を巡っては、ドラマ放映当時、賛否両論あったように記憶している。
私はこのドラマを見始めた当初から、ちずというキャラクターが好きだった。可愛くて、サッパリしていて、正義感も情もあって。
これは私の経験論になってしまうけど、BL作品が成功するかどうかは、登場する女性キャラの造形いかんによる部分も大きいと思っている。
キャラクターがちゃんと人として生きている作品は、女の子のキャラも、単なる当て馬とかご都合主義でなく、鑑賞者が共感できるポイントを備えている。
いや、この表現は正確じゃないな。
「女性キャラの造形いかんによる」んじゃなくて、きちんと人と人の物語として作品を成立させられる作者の手によるものは、脇として登場する女性キャラも、愛すべきキャラクターになっている、と言った方が正しい。
「このドラマは牧凌太にかかっている」
と最初に看破した座長の慧眼は素晴らしい、と以前書いた。
同じように、
「このドラマはちずというキャラにかかっている」
と併せて言ったとしても、それは間違いじゃないと思う。
ここから、ちずと春田が接近し、春田の心が揺れ、牧の心も揺れ動く。見ている私たちも(え、どうなるの…)とハラハラドキドキする。
この先、物語全体の起承転結の「転」部が待ち受けているわけだけど、「転」部へと続く重要な道筋を作るのがちずというキャラクターの役割だ。
だーりおの見事な演技のお陰で、我々はこの4話を画面の前釘づけで鑑賞することになったわけですね。